当地埼玉の属する武蔵国(むさしのくに)には一之宮が二社乃至三社あり、昨年(2023)暮れに大宮氷川神社(埼玉県さいたま市)を参拝したので、新年の喧騒も落ち着いた睦月(むつき)中旬にもう一つの一之宮、小野神社(東京都多摩市)を訪ねました。

 

 境内地正面には「武蔵一之宮小野神社」と刻まれた社号標と大鳥居。鳥居の額束(がくづか)には十六菊の御神紋が入っています。

 

 風格漂う“随神門(ずいしんもん)”と狛犬。

 

 近づいてみるとこの随神門は比較的新しく再建されたもののようで、何より門に施された緻密な彫刻が目を惹きます目。唐破風(からはふ)の懸魚(げぎょ)と扁額(へんがく)の下には龍、向かって左に鶏と獅子、右は兎(うさぎ)と鼠に虎、

 

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 側面には猪(いのしし)、木鼻(きばな)は波に鯉(たぶん・・・あせる)、

 

 境内側の中央は波に亀・・・とここまできてハタと気づきました。これは亀ではなく四神(ししん)の玄武(げんぶ)なのでははてなマークと。そうすると、表側の鶏と思っていたのは朱雀(すざく)で、龍は青龍、虎は白虎(びゃっこ)になります。

 

 反対側の側面には牛と馬も・・・霊獣たちの眼にはすべて金キラキラが注(さ)してあるので、よけいに生き生きと感じられます。

 

 全部は見つけられなかったのですが、おそらく十二支と四神の彫刻群で飾られたこの随神門、見応え満点です100点ラブラブ

 

 そして門内の頭上にはとても珍しい二対の“風神(ふうじん)”と

 

 “雷神(らいじん)”が睨みを効かせています。真冬の今はコロナに加えて風邪やインフルエンザ予防も怖いので、ぜひにも風神・雷神さまの御神徳で吹き飛ばしてほしいものです。

 

 門内左右には随身像(ずいしんぞう)が安置されています。ガラス張りの上に格子があり、正面からでは反射してうまく撮れないので、横向きで失礼します。

 

 隋神門のすぐ右手にもう一つ鳥居と御神門があり、

 

 こちらは“南門”だそうです。装飾は少ないものの見たところ隋神門よりこの南門のほうが古く、歴史を感じます。南門にはふつうは外に置かれる狛犬が収められているのですが、ガラスと細かい格子に遮られて写真に撮ることはできませんでした。随神門と近すぎる位置にも少し違和感を覚えますが、想像するにおそらく昔は境内地も今より広かったものが時代とともに縮小され、このような配置になったのではないかと思われます。

 

 手水舎(てみずしゃ)で御手水をとり、

 

 美しい朱塗りの拝殿に進みます。

 

 小野神社の主祭神は武蔵国の開拓の祖神である“天下春命(あめのしたはるのみこと)”と、水の神の“瀬織津比咩命(せおりつひめみこと)”の二柱で、社伝によると創建は飛鳥時代より前の安寧(あんねい)天皇十八(前531)年と伝わるそうです。また“小野神社”という社名は、この地が古代より小野郷と呼ばれていたことに由来するそうです。

 

拝殿から少し離れて奥に同じ朱塗りの本殿があります。

 

 武蔵国総社(そうじゃ)の大國魂(おおくにたま)神社(東京都府中市)には、武蔵国の一之宮から六之宮までを合祀する“六所宮(ろくしょぐう)”があり、それによると一之宮は小野大明神(小野神社)、二之宮は二宮(小河)神社(東京都あきる野市)、三之宮は氷川神社(埼玉県さいたま市)、四之宮は秩父神社(埼玉県秩父市)、五之宮は金鑚(かなさな)神社(埼玉県児玉郡)、六之宮は杉山神社(神奈川県横浜市)とされ、ここ小野神社は少なくとも平安時代の中期頃までは、確かに武蔵国の一之宮として広く知られていたようです。

 

本殿があまりにも美しいので、玉垣の隙間から手を入れて一枚だけ撮らせていただきました。

 

 しかし927(延長5)年に編纂された『延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)』によると、小野神社が“式内小社”であるのに対し、(大宮)氷川神社は“名神大社(みょうじんたいしゃ)”に列せられ、そのころにはすでに大宮氷川神社のほうが規模が大きいこともあり、同じ一之宮でありながら、より注目を集めていくようになったものと思われます。

 

 とはいえ社格はあくまで後づけのもの。その格付けが小野神社の悠久の歴史に影響を及ぼすものではありません。境内こそさほど広くはありませんが、明るい陽だまりの中に佇む朱色の社殿は清浄な気に包まれて、平日の昼間にもかかわらず参拝者が三々五々訪れるところを見ても、この辺りの地名が“多摩市一ノ宮”であるところからも、小野神社が武蔵国一之宮として、今もこの地にしっかりと根づいていることがわかります照れ

 

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 ところで拝殿脇の紙垂(しで)の掛かったこの石。わたしは石の形から「羊かなはてなマーク」、夫は「ハートでしょラブラブ」と意見が分かれ、後で調べてみると窪みがハート型ピンクハートになっていて、撫でると縁結びの御利益があるといわれる“ハート石”でした(・・・そういわれてもまだわたしは左向きに座った羊に見えるんだけどな目・・・)。

 

 境内社の“秋葉大権現”。

 

 こちらは境内社を寄せ宮にした“末社殿(まっしゃでん)”。

 

 内部にはこのように伊勢神宮内宮、外宮、鹿島神宮、三嶋大社、厳島神社、安津神社、子安神社など十二社が合祀され、左右に参拝所が設けられています。

 

 注連縄のかかる冠木門(かぶきもん)が気になり寄ってみると、宝庫の中には“木造随身倚像(ずいしんいぞう)”が二軀(く)収められているとのこと。倚像(いぞう)とは台座に腰かけて両足を下におろした姿のことで、正面の随神門にも随身がおられるのでそれとの関係がわからず社務所にお尋ねすると、この中の像は現在の随身の先代にあたり、一軀は鎌倉時代後期に、もう一軀は江戸時代に造られたものだそうです。ただし東京都の有形文化財に指定されており、都が管理するものなので小野神社では門の開け閉めなども一切できず、年に一度「東京文化財ウィーク」のときに特別公開されるだけなのですよ、とのお話しでした。

 

 境内社の“稲荷神社”と、その左には小野神社の由緒書きも。

 

 きれいに掃き清められた小野神社の境内。 

 

 最後に社務所で御朱印をいただきました。

 

 武蔵国のもう一つの一之宮、大宮氷川神社とは趣を異にしますが、やはり歴史を刻む古社ならではの風格と余裕の感じられる小野神社はとてもよいところでしたラブラブ

 

 小野神社の御朱印。

 

 さてお楽しみの昼食は近くの“小平(こだいら)うどん”さんでいただきました。武蔵野産の地粉を使った麺は極太で超もっちもちビックリマーク。名物の“肉汁うどん”はつけ出汁に豚肉と葱がこれでもかというくらい入っていて、一人前がひとりでは食べきれないほどのボリュームです。よく門前そばといいますが、小野神社と小平うどん割り箸もなかなかいい組み合わせではないかと思います。おすすめです~照れ

 

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