突然ですが、日本一の庭園がどこにあるかご存知ですかはてなマーク

ふつうに考えると京都、奈良、金沢、岡山、東京などが思い浮かぶと思うのですが、じつはそれがまさにここ、島根県の安来(やすぎ)市にあることは、もしかしたらあまり知られていないかもしれません。

 

 もちろん何をもって日本一とするかの基準はそれぞれであることは言うまでもないのですが、アメリカの日本庭園専門誌「The Journal of Japanese Gardening(ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」が全国900ヶ所以上の名所旧跡を対象に実施している『日本庭園ランキング』において、2003年から20年連続で日本一に輝いているのがこちらの“足立美術館”の日本庭園なのです。例えば来園者数の多さとかイルミネーションなどの話題性とはまたひとあじ違うものの、やはりプロ中のプロの視点で選ばれるこの連続記録の重みは格別のものがあると思います。

 

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 その名声はかねてより耳にしていながら今まで来る機会に恵まれなかったのですが、ロードマップを見ると意外にも近いことがわかり、するとふたり揃ってどうにも行きたくなって、開館しているかどうかも調べないまま、ひとまず行ってみようということになりました。出雲大社のすぐ近くにとった宿から途中高速も使って走ること約1時間20分。今回の旅のなかでは一番の悪路(雪道と言う意味で)に難儀しつつ、失礼ながらほんとうにこんなところに日本一があるのかしらん!?と半信半疑で雪道を走りつづけ、ようやく駐車場にたどり着いたときには、ホッとしたのか疲れがどっと一気に押し寄せましたあせる

 

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 開館してすぐの時間で駐車場にはまだ車がまばらでしたが、観光バスがつづけて入ってきたので、無事拝観できそうでホッとします照れ。正面玄関前の“歓迎の庭”では、職員の方が懸命に木々の雪下ろしをしておられました。

 

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 足立美術館の正面玄関。申し遅れましたが、足立美術館は当地島根県安来(やすぎ)市出身の実業家、足立全康(あだちぜんこう)氏が創設された美術館で、現在は島根県の登録博物館として公益財団法人足立美術館により運営されており、五万坪にもおよぶ文字どおり世界が認めた日本一の美しい庭園と、横山大観をはじめとする近代日本画の代表作や、近代陶芸の巨匠、北大路魯山人(きたおおじろさんじん)の各種作品などを一堂に集めたコレクションの数々が特に有名なところです。

 

 エントランスを入り、まず見えてくるのが“苔庭(こけにわ)”です・・・といっても、昨夜降った雪でかんじんの苔は覆われているので、今日は冬景色の庭園を堪能しながら、パンフレットを見て雪のないときの景色を想像しなければならないようです。右手の赤松が斜めになっているのは雪の重みではなく、案内板によると松の木が山の斜面に自然に生えるときの角度までも計算に入れた庭師さんの設計によるものだそうです。

 

 

 というわけで、足立美術館のホームページよりお借りした苔庭の写真です。雪がなければこのように杉苔を主体とした京風の庭園なのですね。苔の緑と流れるような白砂のコントラストが美しく、平石でつくられた石橋もあって、手の込んだ意匠になっているのがわかります。

 

 「お客さま、こちらですよ~。」と指さして案内してくださる足立全康氏の銅像にうながされて本館のほうへ行きます。全康氏の腕にも新雪が降り積もっていますね。足元には“庭園日本一”の石碑も見えます。

 

 本館へ向かう途中の左手に、渡り廊下でつながれた“魯山人館”がありました。日本庭園と美術品が交互に見られるなんて、ほんとうに贅沢ですラブラブ

 

 北大路魯山人(きたおおじろさんじん)は大正から昭和期にかけて活躍した美食家兼料理人で、さらに書や篆刻(てんこく)、絵画、陶芸、漆芸などあらゆる分野に秀でた稀代の芸術家でもありました。「うつわは料理のきものである」という名言に代表されるように、自ら作った料理を入れる食器はもちろん、その食にまつわる環境・・・花器や掛け軸、屏風など・・・づくりまで自ら手がけ、総合的にプロデュースするという徹底ぶりは、大正昭和という時代において、ある意味これ以上の贅沢はないと思えるほどのこだわりようではないかと思います。

 

 館内の撮影はできないので、パンフレットを遠目から・・・。足立美術館では魯山人の作品を約400点所蔵していて、その中から常時120点が公開されているそうです。わたしも自由で大胆な作風の魯山人が好きで銀座のギャラリーなどにあるとよく見るのですが、これだけ充実したコレクションには未だ出会ったことがありません。魯山人の世界をトータルで鑑賞できるすばらしい展示だと思いますラブラブ

 

 小さな男の子がまるで敬礼をするように右手を上げているブロンズ像は、長崎の平和記念像で有名な彫刻家北村西望氏の作品だそうで、“将軍の孫”というタイトルがついています。

 

 順路に沿ってすすむと全面ガラス貼りのひろいロビーが現れて、眼前には足立美術館の主庭である“枯山水庭(かれさんすいてい)”が一面にひろがっています。

 

 広いうえに写真の腕が悪すぎて、その美しさをお伝えできず申し訳ないのですが、雪景色の枯山水庭を3枚にわけて撮ってみました。もしかしたらガラスに少し色が入っているのか、帰宅して写真を見ると、思った以上に青みがかっています。実際はもっと白銀の世界だったように記憶しています。

 

 唯一残念だったのが、枯山水庭はこの素晴らしい景色をガラス越しでしか見られなかったことです。多数の観光客が訪れるので仕方がないのかもしれませんが、やはりガラス越しは臨場感に欠け感動が半減するのは否めない気がします。庭には入れなくとも、木々のにおいや吹き渡る風を感じ、その同じ空間に立って眺めたいとつよく思いました。

 

 ホームページよりお借りした“春の枯山水庭”の写真です。中央に三尊石(さんぞんせき)風に組まれた巨石は険しい山を模し、そこから流れ出る水がやがて大河となる雄大な景色を表現してあるのだそうです。息を飲むような美しさキラキラ

 

 同じく“秋の枯山水庭”。紅葉が彩を添え、白砂まで色づいているように見えます。雪景色ももちろん美しいのですが、枯山水庭こそもう一度雪のないときにぜひ訪れて、その質感を堪能したいです。

 

 庭園の四季。

 

 足立美術館内でもっとも有名なフォトスポットがここ、“生(なま)の額絵”です。窓枠を額に見立て、近景にどっしりとした大木、中景に雪化粧をした枯山水、遠景には借景の山まで入り、遠近法で描かれた絵画そのものに見えます。

 

 角度を変えてもう一枚。

 

 そしてホームページよりお借りした“生の額絵”がこちらです。これだけ見たら、ほんとうに緻密に描かれた日本画みたいビックリマーク「庭園もまた一幅の絵画である」という足立全康氏の信念がここに凝縮されている気がします。

 

 “生の額絵”の少し先に、ガラス越しではなく直に庭園が見られるところがありました。そこから目を凝らすと奥に“鶴亀の滝”が流れているのも小さく見えます。これは1978(昭和53)年に開館八周年を記念して開瀑された人工の滝だそうです。

 

 “池庭”に向かいます。

 

 案内板によると、この池の水には地下水が使われていて水温が安定しているので、冬場でも鯉が冬眠せずに泳いでいるのだそうです。見えないですけど~あせる

 

 あの細い石橋を渡って向こう岸へ行けたらいいのになぁ~。遠くから眺めるだけなのがほんとうに残念です。

 

 こちらがホームページよりお借りした“池庭”です。鯉も泳いでいますね音譜

 

 同じような角度で撮っているとは思えない仕上がり。プロってすごいなぁ~。

 

 池庭沿いに設けられた通路をすすみ、待合のような小部屋の手前で右を見ると、

 

 正面に“生の掛け軸”が見えます。床の間の壁を切り取った“掛け軸”の中をほかの見学者のひとたちが行き来する、ほんとうの生きた山水画ビックリマークおもしろい趣向ですね合格

 

 なんとか撮ろうと四苦八苦しますがわたしの腕ではこれが限界あせる

 

 でもホームページからお借りするとこうなりますビックリマーク。ほんとうに一幅の掛け軸そのものですね~。静寂もいいけれど、“絵が動く”、そして季節や時間により“絵が変わる”掛け軸も、とてもおもしろい仕掛けだと思います。

 

 突き当りの待合のようなスペースに置かれたソファに腰をかけて、貼り紙のとおりに左を向くと、今度は“生の衝立(ついたて)”が・・・。

 

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 腰かけたまま右を振り向くとここにも“生の額絵”。同じ池庭も額絵になると、直に見るのとまた趣が違います。

 

 小さな坪庭にも細やかに手を入れてあってとてもきれい飛び出すハート

 

 最後の庭園は“白砂青松庭(はくさせいしょうてい)”。横山大観の名画『白沙青松』をイメージして作庭されているそうです。

 

 “白砂青松”というと日本の美しい海岸の風景をいいますが、今日は新雪が白砂の代わりというところでしょうか。

 

 こちらが雪のないときの白砂青松庭。まるで三保の松原(静岡県静岡市)みたい~ラブ。塵ひとつ枯れ枝のひとつも落とさず、鑑賞に耐え得るこれだけの白砂を保つのに、どれだけの人手と時間が費やされているのだろう・・・と途方もないことを思ったりします。

 

 この2枚はホームページからお借りしました。

 

 池をはさんで右に黒松、左に赤松が植栽されているそうです。

 

 ちょうど歩き疲れたところに茶室“寿楽庵(じゅらくあん)”がありましたラブラブ。休憩、休憩おねがい

 

 外は見学者でいっぱいなのに、先客が誰もいなくてとても静かです。中は気軽に入れる立礼式(りゅうれいしき)の茶席になっています。

 

 こちらの“生の掛け軸”は双幅で、間に香炉(こうろ)が置かれています。床の間の掛け軸もあわせて3本なんて、とても贅沢ですねラブラブ

 

 上の吊戸棚の墨絵には“大観”の落款(らっかん)があるので、横山大観の筆かと思われます。戸板の木目も景色の一部で、左上には白い月も見えています。下の台子(だいす)は梨子地(なしじ)に葵の御紋の金蒔絵(きんまきえ)を施し、風炉釜(ふろがま)、建水(けんすい)、蓋置(ふたおき)、柄杓(ひしゃく)立て、水指(みずさし)の道具類はすべて純銀製キラキラで、同じく葵の御紋付きです。

 

 茶室の生の額絵には白砂青松庭が入ります。

 

 主菓子(おもがし)は松江の老舗和菓子司、三英堂の“日の出前”。黒文字(くろもじ)を入れるとすっと切れるほどなめらかで、上品な甘さがお抹茶によく合います。抹茶碗は島根県下の窯元(かまもと)のものをいくつか揃えているそうで、夫とわたしの茶碗は違う窯元のものでした。

 

 床の間の掛け軸には『不風流處亦風流』(ふうりゅうならざるところまたふうりゅう)と書かれています。風流の極みのような足立美術館の片隅にこの禅語の軸が掛けられているのが、またおもしろく感じられます。

 

 寿楽庵では水屋に置かれたこの純金製の茶釜で沸かした湯でお茶を点(た)ててくださいます。金は錆びないことから招福・延命の効があるそうで、お帰りの前にどうぞ見ていってくださいとのお言葉に甘えて、一枚撮らせていただきました。

 

 さて、日本庭園を鑑賞しお抹茶でリフレッシュしたあとは、本館2階の展示室へ上がり、名画を堪能します。なかでも足立美術館の代名詞ともいえる“横山大観特別展示室”には常時20点余の作品が展示されているそうで、このときは『冬の横山大観コレクション選』という企画展が開催されていました。ほかにも大展示室では『名画の感触』と題して菱田春草(ひしだしゅんそう)、橋本関雪(はしもとかんせつ)、竹内栖鳳(たけうちせいほう)などの日本画が30数点、小展示室では鏑木清方(かぶらぎきよたか)、伊東深水(いとうしんすい)、寺島紫明(てらしましめい)の三大美人画家による近代美人画が展示公開されていました。

 

 また本館から地下通路で結ばれた新館もあり、そこには現代日本画が多数展示されています。足立美術館賞受賞作をはじめ、大作がとても多い印象でした。美術品の写真撮影はできないので、作品についてはよろしければ下記ホームページをご覧ください。

https://www.adachi-museum.or.jp/左矢印足立美術館ホームページ

 

 日本画に限らず絵画に疎いわたしにはなかなか理解は及ばないものの、創設者足立全康氏の、ほんものの日本庭園を鑑賞したあとにその余韻をもって日本画の名画に触れてほしいという想いはじゅうぶんに伝わってきた気がします。名園と名画はやはり足立美術館の双璧であり、そのどちらもがつねに移り変わり入れ替わっているというのが、世界中からひとびとを惹きつけて止まない無限の魅力なのかもしれません。

 

 ちなみに2022年のThe Journal of Japanese Gardening(ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング)日本庭園ランキングの上位5位は以下のとおりです。

 

1位 足立美術館(島根県)

2位 桂離宮(京都府)

3位 山本亭(東京都)

4位 皆美館(島根県)

5位 養浩館庭園(福井県)

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 ランキングの選定については、『歴史的価値、規模、知名度ではなく、庭園の質、庭園と建物との調和、利用者への対応といったホスピタリティ等、「いま鑑賞できる日本庭園としていかに優れているか」を基準に調査・選考されています』と明記されています。

 いずれにしても20年連続の日本一は、並大抵の努力で成しうるものではないはずです。名園と名画の相乗効果で見る者を魅了し続ける足立美術館、必ずつぎは季節を変えて再訪したいところです。

 

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