先日の韓国語教室で어차피(オチャピ)という単語を習いました。韓国語の本や雑誌を読んでいるとときどき出てくることばなので、「どうせ、いずれにしても」という意味は知っていたのですが、そのときの先生の話が妙に耳に残りました。最近韓国ではどちらかというとマイナスイメージの強いこの어차피ということばが、小学生や幼稚園児くらいの子どもたちの会話に頻繁に登場するようになり、しかもそれがだんだん低年齢化しているのがちょっとした社会問題にもなっているというのです。

 

 

 ところで韓国人の教育熱の高さはよく知られていて、我が子を将来少しでもいい大学に行かせるために、借金をしてでも幼少時から学習塾に通わせたり、家庭教師を雇ったり、また日本の大学入学共通テストにあたる大学修学能力試験(スヌン)に遅刻しそうになった学生を、パトカーや白バイが試験会場まで送り届けるのがその時期の風物詩になっているというニュースなどを見ると、親御さんがというよりは社会全体が教育熱心、あるいは教育に寛大な国民性のように思われます。騒音が試験の邪魔にならないよう、当日の飛行機の離発着時刻までずらすというのですから、ほんとうにびっくりですビックリマーク

 

 

 2018年に韓国で大ヒットしたケーブルテレビ局JTBCのドラマ『SKYキャッスル~上流階級の妻たち~』は、富も名誉も権力もすべてを手中にしているたった0.1%の富裕層しか住むことのできない超高級住宅地“SKYキャッスル”に暮らす4組のセレブ家族が、それこそ全身全霊をかけて子どもの受験戦争に挑むという壮絶な話なのですが、そこに描かれている“入試コーディネーター”なるものがほんとうに存在するのか半信半疑ながら、社会現象まで巻き起こしたということは、多少の誇張はあるにしても当たらずとも遠からずには違いなく、子の受験というより親の力比べを見ているような気がして、ありえないと思いつつも最後まで目が離せないのです。

 

 

 子どもが少しでもいい高校、いい大学に入り、いい会社に就職できれば将来は安泰という思いはある意味親の共通の願望でもあり、そのための教育熱心さが悪いわけではないのですが、その思いが過熱しすぎると親子ともに疲れ果て、さまざまな弊害を生むだろうというのは想像に難くありません。そして皆が皆、SKYキャッスルのセレブたちのように子どもの教育にお金も時間も費やせるわけではないし、わたし自身の子育て時代を振り返っても、塾も習いごともお財布と相談しながら行かせるしかなかったことを思うと、確かに親の経済力に左右される一面もあるような気はします。

 

 

 “子は親の鏡”と言いますが、それはすなわち“子は大人の鏡”でもあり、年端もいかぬ子どもたちが無意識のうちに어차피(オチャピ)を連発するということは、周囲の大人たちがそれだけよく口にしていることの裏返しで、現代の社会全般の閉塞感や焦燥感を象徴していると言えるのかもしれません。「どうせダメなんでしょ・・・」、「一生懸命がんばったって結局・・・」、「どうせわたしなんか・・・」。어차피(オチャピ)の後に続くのはこんな否定的な表現が多いので、チャレンジする前から諦めてしまっているように聞こえるのがなんとも寂しいです。

 

 

 어차피(オチャピ)で思い出したのが、最近読み始めた『Gilstory Magazine CUP vol.1』の中のシンガーソングライター、カン・ベクス氏のインタビューに出てくる韓国のいわゆる“スプーン階級論”です。欧米で俗に“銀の匙(さじ)をくわえて生まれる”というと裕福な家庭に生まれつくことを指しますが、近年韓国ではそれが“金の匙、土の匙”と表現されるそうで、早とちりのわたしは訳しながら、イソップ童話の”金の斧銀の斧”のような教訓話かと思っていたら、読んでみるとそうではなくて、生まれた家(親)の職業や経済力によって子どもの人生がほぼ決定づけられ、貧しい家(土の匙)の子どもはそれだけで夢を叶えるチャンスが狭められ、本人の努力のみではそこから抜け出すことすら難しいという現実の例えらしいのです。

 

 

 そういう一面も確かにあるとは思うのですが、それでもやはり未来を生きる子どもや若者たちには、生まれついた環境を理由にはなから自身の人生を諦めたり、放棄したりしてほしくないと強く思います。韓国語にはもうひとつ“どうせ”にあたる表現として、이왕에(イワンエ)または이왕이면(イワンイミョン)があるのですが、こちらは어차피(オチャピ)に比べて“どうせなら~しよう”という少し前向きなニュアンスが含まれています。「どうせわたしなんか・・・」と後ろを向くより、「どうせなら」土の匙に甘んずることなく、全力で銀の匙、金の匙をつかみ取ろうと努力するほうがいい。土の匙にも五分(ごぶ)の魂はあるのですから。

 

 

 同じく韓国JTBCの大ヒットドラマ『梨泰院(イテウォン)クラス』(2020年)の序盤で主人公パク・セロイ(パク・ソジュン)が、のちに同僚となる刑務所の同房の男チェ・スングォン(リュ・ギョンス)に向けて言うことばが耳に甦ります。

 「自分の価値を自分で下げて安売りするなビックリマーク

 「俺の人生はこれからだ、必ず成功してやるビックリマーク

 そこには中卒だろうが前科者だろうが、어차피(オチャピ)の影は微塵もありません。誰しもときに、何らかの理由をつけて어차피(オチャピ)と逃げたくなることがあるものですがそんなときは、いがぐり頭をぽんぽん叩きながら己の信念を熱く語るパク・セロイを思い出してほしいです。きっと、闘志が湧いてくるはずです合格

 

音譜音譜音譜 yantaro 音譜音譜音譜