世界的な新型コロナウイルスのまん延により、一年延期のうえに開催そのものが危ぶまれていた東京オリンピック2020大会も、数々の問題は残しながらもようやく閉会式を迎えました。コロナ禍に加え予想以上の酷暑のなか、日本人選手のみならず出場された各国の選手の皆さん、そして大会の進行に尽力されたスタッフの皆さん、ほんとうにお疲れさまでした。わたし自身は今回のオリンピックに限っては、積極的なテレビ観戦はせず朝のニュースで前日の結果を知るくらいだったのですが、それでもじゅうぶんに選手の皆さんの情熱は伝わってきましたし、中断することなく閉会式まで漕ぎつけられたのは、大会運営に携わられた皆さま一人ひとりのご苦労の賜物だったと思います。

長崎に原爆が投下された8月9日午前11時2分ちょうどに黙祷を捧げたあと、飯能(はんのう)市立博物館で開催されている『ヒロシマ・ナガサキ原爆資料展』を見に行きました。

 

 一方、日本国内のコロナ感染状況を見ていると、一年延期が決まったころに想像していた未来予想図とは大きく異なり、結果論ですが、もしかしたら一年前のほうがまだよかったかもしれないと思えるほど、現在の状況は混乱を極めていると言わざるを得ません。頼みの綱のワクチン接種はなかなか進まず、その間に感染力の強い変異株が次々と見つかり、全国各地で新規感染者数が急増した結果、オリンピックは開催都市東京を含む複数の都市の緊急事態宣言下という異例の事態になりました。そんななかいくら無観客とはいえ世界中から何万人というひとたちが日本に入国したわけですから、今後予定どおりパラリンピックが開催されればそれもふくめて、すべて終わったあとに“東京オリンピック株”なんていう嬉しくない名称の、さらに感染力の強い変異株が登場しやしないかと戦々恐々の思いです。

子どものころ、何度も通った建て替わる前のふるい長崎原爆資料館で見てきた展示品の数々は今も目に焼きついているほど強烈で、それに比べると今回の展示はとても小規模なのですが、それでもこうして忘れずに、悲惨な状況のほんの一端でも伝えてゆくことにはとても意義があると思います。

 

 今日8月9日は、わたしの故郷長崎に原子爆弾が投下されてから76年目となる長崎原爆の日です。6日の広島原爆の日、15日の終戦記念日とともに毎年8月は、世界平和を願う鎮魂の月ですね。IOCトーマス・バッハ会長の広島訪問がパフォーマンスでなかったのならば、閉会式まで日本に滞在しながら、どうして長崎には行かなかったのだろうという疑念は今もくすぶっています。そして昨年(2020)8月8日付の記事『特別な夏』を書いたときには、来年の夏にはオリンピックが開催できるのだから、コロナ騒ぎも収まって、きっと故郷にも帰省できるようになっているはず、と信じていたのに、現実は昨年に輪をかけて身動きのとれない“もっと、特別な夏”になってしまっていることが残念でなりません。

個人的な記録を目的とする写真撮影のみ許可されているので、雰囲気だけしかお伝えできませんが、広島、長崎から遠く離れた埼玉の片隅でも、小さなお子さんからご高齢の方々まで多くのひとたちが熱心にご覧になっていたのがとても印象的でした。

 

 8月9日午前11時2分、埼玉の自宅で黙祷を捧げました。台風の余波のような不穏な風の吹きつける空を見上げながら、どうかほんとうに来年の夏こそは、よい方向で“特別な夏”になってほしいとこころから願っています。

 

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