鎮魂の八月ですね。広島原爆の日、長崎原爆の日、日航機墜落事故の日、そして終戦記念日。 コロナ禍のなかで苦しい日々ではありますが、過去の記憶を忘れることなく、こころ静かに祈りとともに、その日を過ごしたいと思います。合掌。

 

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 韓国映画『マルモイ(ことばあつめ)』を見ました。7月10日からシネマート新宿で上映されていたので見に行きたいと思いつつ、電車一本の距離ではあっても県外移動になるので迷っていたのですが、愛して止まない韓国語とその辞書についてのおはなしなのでどうしても見たくて、終映直前に行ってきました。タイトルの『マルモイ』はわたしの愛用の辞書、小学館『朝鮮語辞典』には載っていないので、たぶん韓国語の말(マル・ことば)と모이다(モイダ・集める)をつなげた造語ではないかと思うのですが、日本統治下の1940年代、母国語の使用を禁じられた韓国において、失われゆくアイデンティティを守るために、ひそかに朝鮮半島各地のことばや方言を集め、朝鮮語の辞書を編纂しようと奮闘する市井の人びとの姿を描いたヒューマン・ドラマです。

写真は映画『マルモイ~ことばあつめ』の公式サイトよりお借りしました。頭上には『朝鮮語学会』の看板がかかっています。

 

 映画は1942年に実際に起きた“朝鮮語学会事件(※)”をもとにしたフィクションで、主人公は刑務所の常連で、口八丁手八丁で日銭を稼ぎながらふたりの子どもを育てる男やもめのキム・パンス(ユ・ヘジン)と、親日派の父を持つ裕福な家庭の息子でありながら、父に隠れて朝鮮語学会の代表をつとめているリュ・ジョンファン(ユン・ゲサン)。性格も境遇も正反対のふたりが偶然出会い、最初は反発しあいながらもしだいに互いを認めるようになり、朝鮮語の辞書づくりを通して母国語を守ろうと仲間とともに命をかけて闘ううちに、それぞれが人間的にも成長してゆくというストーリーです。(※朝鮮人に日本語を使わせるために、日本統治時代の朝鮮において朝鮮語の抹殺を図った日本が、朝鮮語学会の会員を罪に問い検挙、投獄した事件~Wikipediaより)

互いに信用できず反発しあうパンス(ユ・ヘジン)とジョンファン(ユン・ゲサン)。写真はすべて、『マルモイ~ことばあつめ』公式サイトの予告動画からキャプチャしました。見にくくてすみませんあせる

 

 『韓国併合ニ関スル条約(日韓併合条約)』の締結により、日本(大日本帝国)が韓国(大韓帝国)を併合し、現在の景福宮(キョボックン)の場所に朝鮮総督府を置いて、日本の領土となった朝鮮を統治していた時代のはなしなので、随所に日本の官憲による弾圧や強制の描写が出てきます。現代人からすれば占領下とはいえ母国語の使用を禁じられ、敵国の言語を押しつけられるなんて人権侵害もいいところと思うのですが、たとえばアフリカの国のなかには公用語が自国語ではなくフランス語や英語というところもたくさんあって、被占領国に言語や名前を強制するのは日本に限らず、植民地政策ではよくあることというのは歴史上の事実なので、ここではその是非について述べるのではなく、マルモイ(ことばあつめ)作戦を通して朝鮮語の辞書づくりに身命を賭したひとびとのはなしに集中したいと思います。

真ん中の眼鏡をかけているのがパンスの長男ドクジンで、ジョンファンの父親が理事長をつとめる名門、京城第一中学に通っています。無学なパンスの息子がどうして名門中学校にはてなマークとちょっと不思議なのですが、そこには映画には登場しないパンスの妻の影響があるようです。

 

 名優ユ・ヘジン演じるパンスは貧乏暮らしで、おとなになっても読み書きのできない非識字者なのですが、口上を述べれば立て板に水で、たちまち周囲のひとたちを惹きつけてしまう愛すべきお調子者、一方映画『犯罪都市』の凶暴なイメージとは打って変わって紳士的なユン・ゲサン扮する堅物で知識人のジョンファンは、強制的な日本語教育や創氏改名により、朝鮮語が失われてゆくのは民族のアイデンティティの喪失につながると危機感を抱いている人物で、ふつうならまったく住む世界の違うふたりの人生が交差することはないはずなのに、ひょんなことからパンスはジョンファンが代表をつとめる朝鮮語学会の雑用係として働くことになります。

パンスをジョンファンに紹介したのは、思想犯で投獄されていたときに刑務所で何度もパンスに助けられたというチョ・ガプイン先生(キム・ホンパ)です。

 

 名門中学に通う息子ドクジンの学費を何とかして工面するために、パンスが大切な原稿の入ったジョンファンのかばんをひったくるという最悪の出会いですから、雇われたあともふたりの関係は水と油、ジョンファンはパンスを事あるごとに泥棒扱いするし、パンスは「カネならわかるが、ことばなんか集めてどうするはてなマーク」とジョンファンの行いがまったく理解できないし、前半のおもしろさはふたりのちぐはぐさと、それぞれに個性的な朝鮮語学会の面々とのやり取りが笑いを誘います。そして何といってもパンスの幼い下の娘スンヒのかわいらしさ!!ジョンファンとスンヒがふれあうシーンや兄妹のシーンはこころに沁みます。

表向きは書店の地下室に、長い年月をかけて集められた朝鮮半島各地の方言などの資料が隠されています。これだけのものを集めるのに幾歳月を費やしたのだろう・・・と胸が熱くなります。

 

 そして学校に通ったことがなく、息子の学費の督促状はもちろん、朝鮮語の五十音である가나다라(カナダラ)すら読めなかったパンスが、朝鮮語学会の雑用係として働くうちに文字に目覚め、鉛筆をなめなめ、教わりながら読み書きができるようになっていくところは、ひとり勉強で一から韓国語を学びはじめたころのじぶんと重なって、思わず泣き笑い笑い泣きになりました。文字が読めるようになると、ただ道を歩くだけでも一気に世界がひろがって、いつもの景色がまったく違って見えるのもよくわかります。言語の獲得が人類にもたらしたものはほんとうに偉大だったし、ちょっと大げさですが、人類を人間たらしめているのはやはり言語なのだということを改めて感じた瞬間でもありました。

朝鮮半島各地の方言を集めるためにパンスが思いついたのは、幾度となく出入りしてきた刑務所で培ったゆたかな“人脈”でした(笑)。インテリのジョンファンにはとても思いつかない大胆さに拍手です!!

 

 仲間の止むない裏切りなどもあり、朝鮮語学会は日本の警察により監視され弾圧を受けてゆくのですが、そんななかでも辞書づくりに関わるひとたちの朝鮮人としての誇りを守り通そうとする熱い思いが結実し、幾多の苦難を乗り越えてついに完成した立派な朝鮮語大辞典と、成長したパンスの息子ドクジンと娘スンヒの姿で終わるラストシーンが感動的です。いつもわたしの傍らに控え、一日に一回は必ずひらく愛用の『朝鮮語辞典』も、このような歴史のうえにあるのだなぁと思うと、より一層愛着が湧きますラブラブ

 

 一人の十歩より、十人の一歩のほうが大きい・・・特定の「わたし」ではない、名もなき「わたしたち」のはなしです。

 

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