ビンがね、毎日ふとした瞬間に母との思い出が浮かんではシクシク泣く私を、アタマを撫でては「お母さんはイップに世話してもらって、ずっとそばにいてもらって、とっても幸せそうだったよ、いまも近くにいて【あんたたちグズグズしてないで早くしなさい】って言って笑ってるよ。」ってなぐさめてくれていたんだけど。



そして、3週間くらい経過したあと、あまりにもメソメソし続ける私にビンが言いましたよ…



「悲しいし悔しいけど、お母さんの寿命だったんだ。お母さん、充実した人生だったじゃない。たくさんの人に出会えて、子供にも孫にも恵まれて、足が不自由なのにたくさん海外旅行して、いろんなことを体験した幸せな人生だったと思うよ。。凡凡(ビンの妹)なんて17歳で白血病発症して18歳で亡くなってさ…若すぎるよ。瀋陽と北京(病院)しか行ったことないし、楽しいコトや幸せなコトをこれからたくさん体験できるはずだったのに。。でも、これも凡凡の運命、寿命だったんだ。小さいカラダでたくさんのことを家族に与えて残してくれたんだ、すごいよ凡凡は。。泣」



私「(ハッ)・・・。」



母の緊急入院・余命宣告・そして死



7/8からバタバタと母のこと中心の日々をおくり、瀋陽のことが全て二の次になっていましたが、ビンだって妹を6月下旬に失って、まだ日が経ってませんでした。



自分の親のことばかり考えて、自分の母の死ばかり嘆いて、私ってホントに自己中なお馬鹿さん。




人は病気や事故で死ぬんじゃない
「寿命」で死ぬのです。。。



伊集院静氏、徹子の部屋ご出演で、この言葉をおっしゃっていたようです。
番組を見てないから、詳細は分かりません。




「寿命」



寿命だったんですよね、結局ぐすん



大腸がんステージⅣで見つかってから、5年10ヶ月がんばれたのは母の頑張り。
そしてこのタイミングでギブアップとなったのも運命で寿命だったんだ。



最期の9ヶ月を介護離職して四六時中ずっと母と共に過ごせたのは、私に与えられた運命のギフト。
あのとき、躊躇せず仕事すっぱり辞めてよかった。さらに言えばもっと早く辞めればよかった。



恵まれた時間の使い方が出来たのは、全て私がやりたいようにやらせてくれたビンのおかげ、ビンに感謝。
ビンの祖父母や親にも、同じだけ恩返ししたいです。しなくてはバチがあたります。