初の、1人称への挑戦でした。
 思ったより、というか3人称よりむしろ書きやすかったけど、ちょっと窮屈。

 ほぼ毎日更新!を心掛けてきたのですが、第2部の後半から突然失速してしまいました。
 なぜならば、自分でも覚えていなかったけど、このお話は完結していなかったのです。そのため、途中から書き起こしながらの更新となったわけです。
 幸い、この先何を書きたいかはべた打ちしてあったので、それを骨子に書き進めました。

 10年以上前と、今、自分の文章を比べてみて思ったこと。
 「成長してねーっ」
 まあ、その10年間いっさい書くのをやめていたから、当然といえば当然なんだけれども。

 ともあれ、これで当時の作品は終わりです。あと起承転結の「承」くらいまでで止まっている作品が1つ残ってますが、これは勢いで始めたけど展開を考えていなかったものなので、ちょっと時間がかかりそうです。あるいは、「天狗同盟2」を新らたに書こうかとも検討中。

 というわけで、しばらく更新をお休みすることになります。
 本来の仕事プラス、別にやるべきこともあって、その合間を縫って書くことになるので、更新再開は早くて2~3か月後、もしかしたら半年後くらいになるかもしれません。

 なるべく早く、次を書きたいです。
 徐々に、反発する者も下層から順にあきらめ、従うようになっていった。国をつくるのは民衆であり、所詮貴族は国のほんの一握りの人間でしかない。彼らはその時になって初めて知ったのだ。若きディース国王の強大な力。家系こそ良くないが精鋭ぞろいの側近たち。そして彼を信奉する中下級貴族の多さと、圧倒的な民衆の支持。数年で――実際には、内紛が表沙汰になる何年も前から培われてきたものだが、少なくとも彼らにはそう見えた——陛下は驚異的な力を持つに至った。

 多くの血が流れた改革もようやく成果が表れるようになり、新興貴族がよく治め、地頭がよく指導し、民衆も徐々に富みはじめた。長年続いた見せかけの富裕ではなく、本当の意味で豊かな、成熟した国家に生まれ変わりつつあった。そんなとき、世界を揺るがす突然の来訪者が現れた。

 陛下の足下に跪く、遠い異国の地からやって来た少女。
 そこから破滅のにおいがする。彼女自身からは、殺意はおろか敵意すら微塵も感じることはない。しかし、漠然としたとてつもなく大きな不安に襲われるのだ。わたしは術者としての素養はない。だからこれは予知ではないことは自分でよくわかっている。おそらく、彼女の透き透った美しい瞳の奥の闇に、自分の中の何かが反応し警笛を鳴らしているのだろう。

 少女の亡命の翌日、わたしは陛下から呼び出され、反逆者の探索を命じられた。
 命を受け、退室しようと扉に手をかけて、下ろした。振り返り、跪く。

 「どうした」
 「畏れながら、」
 「うむ」
 「すでにお察しのことと存じますので、わたしが申し上げるまでもないとは思いますが、・・・かの御方は不吉でございます」
 「わかっている」
 「本当に亡命をお認めになるのでございますか」
 「お前は反対か」

 陛下は執務室の椅子に座ったまま、愉快そうにわたしを見遣る。

 「陛下がお決めになることに、異存はございませんが」
 「確かにあいつは何かを隠している。わたしはそれを知りたくてたまらないんだ。だが、口が固くてな、なかなか喋りそうもない」
 「陛下、面白がっておられますね」

 わたしの苦言を無視して、陛下はさらに楽しそうな笑顔を浮かべた。わたしは驚いた。このような解放された表情を久しぶりに、本当に久しぶりに見たからだ。

 「ユリタス、知っていたか? わたしの兄の中には怒りの渦があった。それは行き場のない炎となり、外へ放出しても放出しても、自らの身体を焼き続けた。それと同じ炎をわたしも持っている。だが、兄と違うのは、その炎を御することが、わたしにはできたということだ。持て余したこともあったが、いつしかそれを御することを覚えた。兄が自分自身を焼き尽くした炎を、わたしは飲み込み操っている。だが、炎を飲み込んだ身体は、乾いて乾いて、今も潤うことがない」
 「陛下・・・」
 「いいんだ、ユリタス。苦しみを訴えているわけではない。ただ、もうすぐそれが終わる。この身が浄化される日は近い。そう思っただけだ」



 あの日からつかの間の平穏な時が流れた。やがて世界中に、この世界が終わると告げられ、そして必ずや転生すると教えられた。終わりの時が近づき、わたしは城中の中庭に出た。ここから陛下の執務室につながるバルコニーが見える。おそらく「その時」、陛下はそこに現れるだろう。
 偉大なる力によって、陛下とともに最後の瞬間を迎えられる至福を噛みしめた。

 その後、陛下は数年の間にアルスーデル国の、国のあり方そのものを根底から変えてしまわれた。

 それまでこの国は、王に忠誠を誓う各地の貴族群、その貴族に忠誠を尽くす各地の地主群、そしてその地主が民衆から税を徴収して貴族に上納し、そこから王族への上納が行われていた。実際に王族が直接所有する土地はほんの一部だったのだ。そのことが、王族が有力貴族の傀儡となる一因でもあった。

 陛下は、税の徴収・管理をすべて国が派遣した官吏が行う体制を敷いた。実際には以前からの地主がその役割を担うこととなったが、雇主は国王であった。いったん徴収した税から国が報酬を彼らに与え、土地の所有者である貴族に相応の金額を与える。つまり、貴族も地主も民衆も、すべての国民が国王に直接の忠誠を誓うよう国をつくり変えたのだ。

 この改革により、たとえ上層部が裏切っても、末端まで行き渡らせた国王の力は有効だ。当然それぞれに過剰の利益を貪ってきた貴族やその臣下、地主たちに多くの敵をつくった。多くの敵をつくり、わたしが多くの人間を処刑した。陛下は何かに取り憑かれたようにわずかな揺らぎもなくこの改革を断行した。そして、最終的に陛下の最強の味方となったのは最下層の民衆、国の人口の大半を占める農民だった。

 徴税が民衆と国に一本化されたため、各地で過剰にピンはねされていた分が、一定のルールに則って秩序だって聴取されるようになったことで、結果的に彼らの税負担は軽くなった。ディースは彼らにその土地の状態に合った公平な税の徴収を行い、横領や不法な取立ては謀反者と同等の刑罰を与えた。

 幼いころから、陛下とともに彼の話を聞いて育ったわたしには、陛下の改革の根底にある施政の哲学に、リシュー公爵の教えがあることを感じていた。もちろん教えそのままではない。彼の教えは徹底した理想主義で、どこまでも甘く、あまりにも非現実的なものだった。
 陛下が行った改革は、彼の理想を胸の奥底に描きながらも、それを現実的な形に具現化していく作業だったといえるかもしれない。
 「--陛下、今となっては推測でしかないのですが、」
 「なんだ」
 「恐れながら、リシュー公爵殿は賭に出られたのかもしれません」
 「賭、と?」
 「は。陛下のお命を奪うか、ご自分が死ぬかの賭でございます。公爵殿のことです、鋭敏な陛下が容易く弑されることはないと知っておられたと思います」

 陛下の意図を見事に読み取った、あの日の彼の姿が目に浮かぶ。あえて脳裏にはっきりと描こうとしながら続けた。

 「初めからご自分が死ぬ覚悟もしておられたのではないでしょうか」
 「さらなる混乱を避けるために、か。・・・奴ならあり得るかもしれんな」

 戦乱の末、稀有の人物が国王となり新しい時代が始まったはずなのに、今度は自分を担ぎ出そうとする者がいる。自分が死ねば、新たな争いの火種を消すことができる。彼がそう考えたとしても、決して不思議ではない。

 そして同時に、相反する、少しばかりの、王位への夢。

 (リシュー公爵殿は貴方を理解していなかったわけではない)

 陛下の部屋を後にした。言いたかった最後の一言は言えずに出てきてしまったが、陛下には伝わったと信じたい。

 陛下の苦悩が少しでも軽くなるといい。それだけを心底から願った。
 ぎゅっと眼を閉じた。
 唯一の信頼できる血縁者である、叔父上を慕っていたのは誰でもない陛下だ。ショックを受けているのはわたしではない、陛下なのだ。
 何があったのかは推測するしかないが、状況から見てリシュー侯爵の企みに気付いた陛下が、彼のグラスをご自分のものとすり替えたのだろう。

 リシュー公爵の周辺に不穏な動きがあることは把握していた。陛下の容赦ない追及に震え上がった官僚たちが、温厚で王族の血にも連なる最高位の貴族である彼に泣きついていた。けれどわたしはかつての一件もあり、陛下の良き理解者として彼を全面的に信頼していた。
 今、この結果は、最大の危険人物をノーマークにしたわたしのミスだ。

 表情を引き締め、ノックをした。許しを得て部屋に入り、扉を閉める。

 「すべて、手配を終えました」
 「うむ」

 先程と変わらぬ姿でソファに座る陛下に、わたしは扉の前で片膝を付いて頭を下げた。

 「陛下の御身を危険に曝してしまい、誠に申し訳ございません」
 「奴にはわたしも油断していた」
 「一部の官僚が彼を焚き付けていたことは把握していたのですがまさか・・・」
 「奴は優しすぎた。わたしが恐怖政治への道を歩み出したとでも思ったのだろう。王の座など欲しいのならくれてやっても良かった。だが奴には無理だ。太平の世の王であれば務まったであろうが、今この時代の王では魑魅魍魎どもに喰われ、たちまちこの国は腐れ死ぬ。繰り返される鎖を断ち切るには、腐った奴らを根絶やしにしなければならない。腐敗は伝染する。何度国王の首を挿げ替えても、手足が腐っていては何も変わらない」

 苦々しげに吐き出し、しばらくの沈黙の後、

 「下がってよい」
 「はっ」

 立ち上がりかけ、言うべきか迷いつつ、自分の想いを伝えずにはいられなかった。