新神戸駅で新幹線を降りて,西に向かって坂道を歩いた先に,北野異人館街があります。定番の観光スポットです。当たり前すぎてもっと珍しいところを知らないのかと言われそうです。建築が好きなので興味深い建物がたくさんあります。私はおそらく人生で飽きることはないでしょう。あぁ,こんな所にいつか住んでやるぞ!なんて心に想いを秘めながら。

 

 ちょっと北に向かって坂道を歩いていくと,イタリア館という異人館があります。私は二十年来のファンでして,あちらにいくことがあればなるべく行くようにしています。何回行っても飽きないもので・・・。初めて行ったのは卒業研究の時,研究室に入る直前のお休みに行ってきました。

 

 門の前にメイド服の女性や黒服の執事さんがいます。なんか気合が入っています。エネルギーを感じる。商魂ではない何かを感じました。あの頃はまだ若くて純粋だったからかなぁ。実際に色々と触れる異人館。目の前にすごいものが出てくる異人館はおそらくここだけではないかと思います。下手に美術館に行くならここに行ったほうがいいものが見られます。

 

 執事の方が懇切丁寧に案内してくださいます。写真撮影は自由。なんだったら年代物のピアノかチェンバロの前で,アンティークの家具に腰掛けている姿の写真を撮ってくださいました。

 

 玄関から入ります。でかい大理石の椅子が置かれています。少し狭めかな。でも,天井にでかい紋章があります。彫刻でできています。大きな鳥が自分の身をつついて出てくる血を小鳥に与えている姿です。これも親の愛情なのでしょう。

 

 右手に入ると応接室です。相撲の土俵のように(なぜここでこの例え),四方に柱があり,壁には絵画が,部屋の周囲狭しと彫刻が置かれています。ロダンの作品もありました。年代物のアップライトピアノ(この時はチェンバロだったかなぁ)が置かれています。初めて行った時はなんとその前に座らせていただきました。写真がありますが,今の自分とあまりに違います。写真詐欺と言われそうなのでまたの機会に・・・。

 

 その奥はダイニングです。壁二面を埋め尽くすビクトル・エモーヌの彫刻が入った作り付けの暖炉が圧巻です。本人のサインが彫刻刀で入れられています。値段なんてつけられそうもありません・・・。ダイニングテーブルに並んだ美しい食器。シルバーの燭台まであります。よく手入れされたシルバーが映えます。南にテラスがありますが,テラスに出る前にある食器戸棚。見目美しいシルバーとボーンチャイナが並んでいます。それにしてもシルバーのカトラリーが酸化されていません(笑)。銀はすぐに酸化されて黒くなってしまいますからね。きちんと日常の手入れがなされているのでしょう。日頃実際に使っていらっしゃるのも大きいかもしれません。

 

 実はここでパーティーができると昔聞いたことがあります。実はこの異人館(正確には隣の使用人棟)に実際にオーナーが住んでおられます。オーナーご夫婦も出てこられ,親しく接客してくださいます。ダイニングの奥にはキッチンがありますが,奥様が料理をしている姿も見られます。ダイニングの南にあるテラスでイタリア料理(パスタやラザニア)やお茶・コーヒーをいただくことができます。ちなみにパスタはなかなか本格的でした。広々したプールがあるお庭を眺めながらいただけます。

 

 食事をしていると,横にパンフレットというには大仰な本がいくつか・・・。サザビーズやクリスティーズのオークションの出品目録でした。見るだけで楽しいです。愛くるしいプードルちゃんが愛想を振りまいてくれます。

 

 2階に上がります。階段の踊り場に藤田嗣治の絵が飾られています。上に上がると浴室です。度肝を抜くのは特注サイズの香水の瓶です。シャネルやらクリスチャンディオールやらが何リットルも入っている,見たことないような瓶です。一生かかっても使い切れない量です。その前に劣化しちゃいますかね。そういうことを考えてしまう俗な私です。明るい天窓の下にある浴槽に入ると,非日常感が味わえて気持ちよさそうです。

 

 ベッドルームに行くと,ルイヴィトンの特大のトランクが何段も重ねられています。船旅で世界一周をするのかいなと思えるような大きなトランク。ルイヴィトンのお店で見たことはもちろんありません。特注品でしょう。応接間に行くと豪華なソファーの奥に奥に油絵が飾られています。ガレのランプがさりげなく置かれています。パーティーをするとここでちょっとくつろげるとか。貴族のリビングです。

 

 趣味の小部屋があります。カメラがお好きな方は是非ご覧になっていただきたいです。年代物のラジオやタイプライターもあります。機械いじりが好きな人なら絶対に反応するはずです。ここだけ中国風のお部屋になっています。元々住んでいた方の趣味なのでしょうか。

 

 この地下にはワインセラーがあります。ここがまた・・・。100年もののワインたちがずっと生きています。フランス料理が好きな方なら名前がすぐに出てくるワインたち。かなり古い年代のものが揃っています。酒屋に買いに行くよりここで分けていただいたほうが絶対にいい(笑)。そんじょそこらにないワインが,きちんと保管されています。誰が飲むのだろう・・・。私は下戸ですが,少しだけならほしいなぁ。ちなみに一本数千万円のワインが何本もあるそうです。マジ。初めて行った当時,調べました。目玉がドクタースランプばりに飛び出ました。

 

 ここには礼拝堂があります。そしてでかい宝石が飾られています。「真夜中の太陽」というでかいトパーズです。2005カラットだそうです。蛍石のように,夜になるとぼんやり光るのだそうです。だから「真夜中の太陽」。明かりを吸収して,そのエネルギーをゆっくり放出するわけです。「エネルギー保存の法則」の勉強ができます(笑)。「結晶格子」の勉強もできるかな。

 

 ここもダイニングテーブルがあり,予約をすれば食事に使わせていただけるそうです。さらにロダンの初期の彫刻もあります。本物ですよ。目の前で見られますよ。こんなすごい部屋で,一階のキッチンで作ったイタリア料理をいただけるというわけです。すごい贅沢。

 

 オーナーは横の使用人棟に住われていますが,定期的に家具や食器,カトラリーを使っているそうです。実際に使わないと意味がないということです。この異人館はあくまで個人のお住まいでもあるのです。

 

 不定期に展示品を入れ替えています。オークションで入手したものなどをどんどん展示しているようです。まるっと見せていただくと700円の料金がかかりますが,美術館に行ったと思えば。と言いますか,正直言って安いです。思うに,もうけ度外視でやっていらっしゃいます。ちなみに撮影は自由ですから,図録なんて買わなくてもいい(ありませんが)です。写真に撮っておけば大丈夫。撮影スポットは無数にありますので,バッテリーとメモリーカードの予備をお忘れなく。

 

 以前病気で杖をついていたことがありました。その時期にこのイタリア館にお邪魔したことがあります。たまたまご主人がおられ,「おみ足の具合がよろしくないのですか」と聞かれました。「おみ足」という言葉を実際に聞いたのはこの時が初めてでした。この方は明らかに富裕層の方なのですが,本当に地味な方でした。でも立ち居振る舞いとお話は本当に上品。こんな方に会わせていただいたのだから,こういう歳の取り方をしないともったいないと思う次第です。

 

 イタリア館の回し者をしている意図はありません。美術館がお好きな方はぜひ行ってみることをお勧めします。スケールの違う大富豪の美術館兼個人住居が見られます。成金趣味は皆無。本物のお金持ちの家とその暮らしが見られます。ここまで色々と自由に,間近に見ることができるのは,神戸の異人館ではおそらくここだけではないでしょうか。

 

 あちらに行くことがあればまたお邪魔したいです。いつかディナーパーティーをしたいですって言っていたのに,なかなかできる気配がありません(笑)。

 

 サイエンス的にも興味深い展示はたくさんあります。

 

 お読みいただきありがとうございました。

 

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ONゼミナール代表 長田 俊将