私は子供の頃から相撲が好きでした。これまた相撲好きな従兄弟の影響があったと思います。昔,呼び出しさんや行司さんになるのはどうかと,相撲部屋に行くかどうかの話になったことがありますが,いまはガテン系の仕事をやっています。

 

 浅香山親方,元大関魁皇関のファンでした。あとは式秀親方,元北桜関。渋い中にも華があるお相撲さんでした。魁皇関引退相撲の折に,チャリティーグッズの売り子として,ずいぶん前に亡くなられましたが元潮丸関と式秀親方がおられ,式秀親方とツーショットをしたのはいい思い出です。

 

 最近は日本人横綱誕生とか,日本人力士の活躍などで気楽に相撲観覧に行けなくなったのと,塾のことが気になりすぎて観に行く気分になれなかったこと,コロナウィルス禍がトドメとなり,数年間本場所に行けていません。そろそろ升席で相撲が観たいものです。大昔は当日でも溜席が空いていて,飲食はできないし座布団一枚分のスペースしかないけれど,迫力ある取り組みを観ることができたものです。

 

 相撲の世界に「3年後の稽古」という言葉があります。今の自分の実力通りの稽古をしていたら,ずっとこのまま進歩しない。今の自分のレベルより上のことをしていかないと,実力はいつまで経っても上がらない。このように理解しています。将来の自分がどうなっているのか,どこを目指すのかをイメージしながら稽古・生徒ならば勉強をしないといけないということです。

 

 受験で失敗する生徒に「今のレベルに合わない」と言って通っている塾を辞めてくる子がいます。私の塾に限った話ではありません。こういう子は個別指導の塾に行ったりしますが,なかなかうまくいきません。わかりやすい授業がいい,という風潮が当たり前になってしまっていますが,少々悲しいです。もちろん,私がわかりやすい指導をするのは当然です。もっといい授業を目指して,もっと生徒が満足する指導を目指して頑張るのは当然です。努力を放棄する宣言をする気は毛頭ありません。

 

 生徒が,自分のレベルに合った授業をしてほしいという風潮が少し悲しいし,残念なのです。真意を言います。わからないことから逃げないでほしいのです。もっと考えてほしいのです。頭で汗をかいてほしいのです。答えがあっているかどうか不安なのを我慢して,自分の頭で一つずつ丁寧に問題を読み解いていってほしいのです。そうして問題を解いた経験があなたの力になります。

 

 生徒の中にはすぐに答えを聞きたがる子がいます。できる子でもそういう子がいるので,そういう生徒には突き返します。まだまだできる余地がたくさんあるから,答えが出るまでやってみようと。間違えることを恐れるのでしょう。できないことを直視するのが嫌なのかも知れません。こういう姿勢は改めてほしいと思います。答えがある問題ばかりではありません。自分で答えを見つけなければならない問題が世間にはたくさんあります。答えが一つではない問題,一般解がない問題はたくさんあります。その方が多いのではないでしょうか。

 

 そんな世界に進んでいこうという人間が,答えが出てこないからと言って答えをすぐに欲しがていては,自分の力を発揮できないと思うのです。

 

 高校生,浪人生の頃の私は,本当に数学恐怖症と言っていい状況で,どうやって勉強をしたらいいのかわからない,学校なり予備校の先生に相談に行けばいいのに行けない。360度真っ暗闇。大変な状況でした。中学校時代になまじ成功してしまい,それで満足してしまっていたツケが高校進学後にすぐ現れました。すぐに気づけたことは良かったと思いますが,いきなり授業のレベルが上がってしまったので,どうすればいいのか全くわからない状況でした。

 

 この解決は大学入学後まで待たなければなりませんでした。同志社大学の一年生後期。電磁気学の勉強をしていました。「ファインマン物理学 電磁気学」という教科書を使った授業で,ほとんど触れたことのないベクトル解析の式があちらこちらで踊っています。微積分やベクトル単独ならば何も驚きませんが,これまで見たことのない記号を前に,これは自分には無理かなと思いました。しかしそう入ってもこれは必修科目です。授業を受ける受けないは自由ですが,試験で合格点を取らないと卒業できません・・・。

 

 駿台予備学校で浪人したとき以上の覚悟をすることにしました。浪人生時代も高校生時代の遅れを取り返すべく,理科・数学の勉強をしました。とにかく知らないことがあるから問題が解けない状況を解消することで一生懸命でした。そして物理は微積物理を学びながら,今でいう数学IIIをマスターしようとしていました。化学も大学の講義レベルのことと出会いながら,なんでここまでやらなければいけないのかと嘆きながら勉強していました。脱落していくクラスメイトがたくさんいる状況で(最終的にクラスの6割が脱落!)。

 

 それでも,浪人生の時は数学に対しては腰が引けていました。なんだか怖かったのです。難しい問題は,問題文や解答を読んでいても訳がわからないし,間違えてしまうことが怖かったのです。考えているうちに思考が迷子になってしまうのを非常に恐れていました。・・・だから,問題を解いているときに答えをすぐに聞きたくなる気持ちはとてもよくわかります。でも,そこは心を鬼にして,内心では目から血の涙を流しながら「もう少し自分でやりなさい」と言っています。

 

 今の自分には難しいと思えることをなんとかクリアして,レベルアップをしていかないといけないと思っています。これは今の私にも当てはまります。どんどん勉強をしていかないと。だから「3年後の稽古」なのです。

 

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ONゼミナール代表 長田 俊将