今日は少しひんやりするね。


パラパラと小雨が降ってる大阪。


あまり気温が上がらず、室温も 18 度で、やや肌寒い。


部屋の中でも、薄いジャンパーを着ている。


まだコタツは出したまんまで、もう少し使うかもしれない。


明日から5月なのに、まだコタツを使ってるなんて珍しいね。



音符音符音符音符音符音符音符音符音符音符音符



冬場だけ飲んでいた薬用酒だけど、また最近買ってきて飲み出した。


4月になっても、肌寒く感じる日が続いていたのでね。


もともと体温が低めで、気温の上がり下がりに敏感だったけど、

10 年以上、薬用酒を飲んでいたら、そのうち体温も平均的な数値になり、完全な低血圧ではなくなっていた。


しかし、毎年、春の温度差には手を焼いていた。


外気温が 20 度を超えても、家の中はひんやりしているし、さらに日中と朝晩の温度差で、体はずっと寒く感じていたからね。


薬用酒、またしばらく飲み続けようと思う。



グリーンハーツグリーンハーツグリーンハーツグリーンハーツグリーンハーツグリーンハーツグリーンハーツグリーンハーツグリーンハーツグリーンハーツグリーンハーツ



心の中を静かにさせておくのは、けっこう難しいよね。


あれやこれや試してみて、元祖1式の無思考がとても自分には合うのだけど、

何か少し良いことがあると、次第にワクワクが増してきて、心の中がだんだん騒がしくなっていく。


冷静に考えてみると、良いことがある時よりも、良くないことが起きて心がしんどい時の方が無思考になれやすい。


人間誰でも、良くないことよりも、良いことの方を歓迎するのだけど、

ことスピリチュアル探求においては、良いことが起きても、スピリチュアル的には何もプラスにはならないようだ。


もちろん、幸せ感を持続することは大事なのだけど、常に未来を想像して、ハッピーなことばかり夢想していたら、自我探求にはまったくならないだろう。


先日、少しツラいことがあった時、無思考でいることがとても大事だということが良く分かった。



キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ



昔、青山さんが書いたサイババの本を読んだ時も、同じことが記してあった。


正確な文章は忘れたけど、

『苦しいことがあるのは神の恩寵である。あなた方は苦しいことがないと神を求めないから』

という話をサイババがしていた。


ほんと、その通りだなと思う。


心がウキウキしていたら、常に次のハッピーを求めてしまうけど、

多少のツラいことがあれば、浮かれる気分は消滅して、常に「今」に焦点を合わすことができると思う。


とはいえ、自分からツラいことを求めるのは、あまりにも自虐的なのでやらないけどね。(笑)


そのへんのバランスが大事なのだろうね。