ついに彼女は大声をあげて泣きだしてしまった。そう、彼女は私の婚約者だったのだ。彼女の住む家を出てから数時間後の出来事、私の身に不幸が起きたのだ。
『明日はどうしても外せない仕事があるから今夜はもう帰るよ』
『もう夜も遅いから無理しないで。せっかく両親に挨拶に来てくれたのに…今晩は泊まってったらどう?』と奈々子は私を引き止めようとした。私は、
『泊まって帰りたいけど、明日は早いんだ。せっかくだけど今日はもう帰らせて欲しいんだ、仕事の準備もあるし…』
奈々子は寂しげな顔を下に向けて、
『しょうがないわね。でも式まで後、一週間。体には充分気をつけて下さいね』と気丈に振る舞っていた。奈々子は、とても寂しがり屋で気の小さく優しい人だった。少し普通の人より体も弱い為、誰よりも繊細で感受性も豊かな方でもあった。彼女が私を引き止めたのはもしかしたら私の身に起きる不幸を予知していたからなのかもしれない。
『愛してるよ、大丈夫』と私は掛けていたコートを羽織りながら囁いて彼女の家を後にした。まさかの偶然か、はたまた神様の悪戯だろうか私の体は今、目の前で、物言わぬ冷たい人形と化してしまっている。もし戻れるなら奈々子の言う通りに泊まって帰るべきだったと後悔している。
つづく