あれから胎盤はまだ出て来ていませんが数日前に退院をし、今は自宅で母のサポートを受けながら育児をしています。
結局大学病院には四泊入院しました。初日は管に繋がれたままいろいろ検査し、今すぐに手術が必要な状態ではないということがわかりました。
娘には「会わせたいけど新生児室があいてない」と言われ、体の辛さも相まって泣きました。
ですが翌日赤ちゃんが来られる事になったと言われ(泣いたから?)、その時間車椅子に乗って看護師さんとエレベーター前で待ち構えていました。
あの瞬間の事は一生忘れないかも。出産時の記憶がほぼゼロなだけに、あれが娘と初めて会った瞬間に思えます。
まず見慣れた産院の受付スタッフさんの姿が見え、それだけで安心して涙。娘を手渡され抱きしめてまた号泣。
前日お世話になった救急隊員っぽい制服を着た男性2人も一緒だったので、救急車で来たのかな?よくわかりません。
それから娘は新生児室へ移動し、私の体がもう少し回復したら授乳などさせてもらえる事になりました。
そこから少しずつ回復し、授乳にチャレンジしてみるも母乳が殆ど出ない。ちょろっとしか出ない。スタッフさんに乳を絞られて激痛。私は貧血で頭が朦朧として様々なアドバイスも覚えられない。赤ちゃんは乳が出なくて怒って泣く。の負のスパイラルにはまっていきました。
細かい話は省略しますが、最後の方は本当に泣いてばかりいました。病院スタッフさんに優しく声をかけられても泣く、励まされても泣く、勿論一人でいる時も泣く。
そしてもう耐えられないと思い、5日目の朝私はダメ元で今日中に退院させて欲しいと訴えました。診察や血液検査の結果、なんとか許可が下り急遽退院。遠方の母にも急遽来てもらうことになりました。
思えば出産後からいろいろあり過ぎて鬱になりかけていたのかもしれません。出産したその夜は固い分娩台で寝かされ(眠れるわけない)、娘と会えない2日間。病院を転々とし出血多量で頭も体もフラフラで。やっと娘に会えたと思ったら今度は乳が出ない。どんなに優しく親切な助言指導ですら体に鞭を打たれているよう。あんなに会いたかった娘なのに、唯一会える授乳室に通うのが辛くなってきて。
ああ。辛かったな。
体に不安はありましたが退院して本当に良かったです。家に帰ってしまえば別に泣くことはありません。
今日は娘の前に流産した子供の命日です。本当の性別はわからないけれど、桜が満開になる頃まで生きていてくれたので桜と名付けました。
今年は病院の窓からと病院帰りのタクシーの中からしか桜を見られなかったけれど、今年もあなたの事を忘れてはないからね。あなたがいてくれたからこそ娘は産まれて来られたんだよ。ありがとう、桜。
今日も文章ぐちゃぐちゃですみません。お読み頂きありがとうございました。