本です。 | davits blog

本です。

今日はちょっとカッコつけた日記です。

最近少し考え方が変わってきました。
以前までは周りの評価を気にしすぎていたのか、
何故かその評価がそこまで気にならなくなった。

先日もある方から
【●●さんって女遊び激しいって噂だよ】 って言われました。
前までは弁解というか、なんか言い訳っぽい事を言って否定していました。
けどその時に言った言葉。
【どうでもいい!】

寂しい発想かもしれないけど、俺は必要な人。
例えば友人、会社の同僚、恋人、家族であったり自分を理解してくれる人、分かってくれる人にちゃんと自分が伝わっていればいいや!って考えるようになりました。

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人の一生を本(物語)にしてみましょう。
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よく「明日何があるか分からない」「人生は1度しかない」っと聞きます。
100人いるなら100冊の本が出来ます。
99冊でも101冊でもなく、100冊の本が出来ます。
作文や小論文など作る時に【起承転結】の構成が良いといわれます。
人は自分の物語を描く為の作家となります。

これは私の理論なので適当に聞いてください。

この物語の【起】【結】はみんな一緒です。
置き換えるのなら【生】と【死】です。

であれば人は【承】【転】が今である。
けど今の自分の物語が何ページの作品なのか知ることはできません。
だから上記で述べた「明日何があるか分からない」って言葉があるのだと思います。

物語は様々です。

人によって物語の重点の置き方や物事の観点の相違があるからこそ、それぞれの本が出来上がります。
複製や増刷のできない1つの本。

例えば、、、、
18歳の頃のクリスマスに大好きな人と過ごした事を10ページも費やして書く人もいれば、同じ18歳のクリスマスは家でゲームをやっていたと3行で終わらせる人もいる。
それぞれです。

そして【結】・・・人生の最後。
『死』を意味します。

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私が言いたい事、それはこの物語(本)を完結させる為には独りでは完成することが出来ないという事。
物語の最後に『おわり』であったり『完』であった、文章の最後に『。』であったり、自らの物語の最後は自らでは描く事が出来ません。
誰かに終止符を書いてもらわないと物語を終えることが出来ません。
それが妻なのか夫なのか、友人なのか両親なのかそれは分かりません。

物語は独りじゃ終えられない。
人は独りじゃ生きられない。


だから俺は必要な人を大事にしていきたい。
友人や恋人や両親や兄弟を。
そうしないと私自身の物語が終わりません。

ただそれだけを言いたかっただけ。
自分で鳥肌が立つような事書いちゃいました。


さようなら。