いよいよ数字の桁が変わり40歳。
30代は波乱万丈でしたね。32~33歳の時期は悩みに悩みました。
医療業界で営業事務職をやりながら、自分の仕事の出来なさに絶望。毎日上司から、書いた書類、自分の仕事ぶりに対しての指摘。
「こんなに俺はできない人間なのか?周りの年配の女性は半端ないスピードで仕事をこなしているのに、、」
契約社員としてずっと働き、2年目になっても正社員にはなれず、、
生まれたばかりの娘もいて、こんな姿を娘には見せられない。どん底でしたね。
この時、自分のことを真剣に見つめ直した。
「俺の強みは?個性は?俺しか出来なことがあるのでは?」医療業界は手に職がある、資格がある人が給料もよく、認めらていた。
俺は文系出身、手に職がない、、「君の仕事は代わりがいるけで、あの人たちはいないと困るんだね~」と言われた時、
「このままでは終われない」こみ上げる自分に対する悔しさと巻き返してやりたい思いが入り混じった産声でした。
放射線技師にでもなるか?など様々に考えたあげく、、
英語講師を目指すようになった。
英語が少し得意で好きだったのと教えることには自信があった。この二つで勝負しよう!娘も生まれたばかりでこんな時に転職。上司は「そんなの辞めておけ。家族があるのに」当然な言葉だった。しかし諦めきれなかった。
辞表を出し、無職になり、近くの大学の空き教室で必死に勉強した。TOEICの参考書を片手に、お金もなく280円のから揚げ弁当を食べながらひたすら勉強した。その当時使っていた参考書TOEICデル1000。TOEICを受ける人なら知らない人はいないカリスマTOEIC講師が書いた本。プロフィールを見ながらこんな学校で俺も教えてみたなと熊本にある田舎の大学の教室の片隅で勉強しながら夢見ていた。
そして東京に引っ越すようになり、縁があって夢見ていた学校の非常勤講師となるが、凄腕講師ばかりで最初は任せられた科目も少なかった。本当に教え方が上手と感動した関先生(スタディサプリ)の教え方を完全にコピーするほどまねて授業で使いながら、現場の反応を見て訓練しました。結果、カリスマ講師陣と一緒に合宿・春・夏・秋の特別講座まで任せていただくように。「夢って叶うんだな。努力は裏切らない」と痛感してます。さらに、この話には続きがありなんと今年の4月からはこの学校の専任講師にまでになれるように。
決して自分の努力でここまで来れたとは思ってません。娘がいて仕事を辞めるとき何も言わず応援してくれた妻、こんな授業をしてみたいと憧れた先輩英語講師、わたしの産声を聞いて下さった神様に感謝したいですね。
40歳からの夢。本を出してみたい。この2.3年でさらに実力を上げて磨きをかけてこの思いを本に書いてみたいですね。タイトルは34歳過ぎてからの逆転人生みたいな(笑)
そんな夢見ている40歳のおっさん。今日も家の近くのスターバックで英検1級の参考書を片手にブログを書いてます。
もう40歳ではなく、まだまだ40歳の自分へ
2020.03.04 コロナウイルスが騒がしい今日