島での最初の夜は、これからの生活に対する期待やら不安やらで、なかなか寝付くことができなかった。
持ち前の「なんくるないさ~」精神で勢いに任せてここまで来たけれど、本当にちゃんと暮らしていけるのだろうか?
好きなことをやり続けて暮らして来たので、自慢じゃないがお金はない。
まぁ、どうしようもなかったら、いつでも人を募集してる超有名な温泉旅館があるので、そこで2人して働くのもいいかと…
夫婦用の寮もあるみたいだし…(笑)
それより、もっと根本的な不安材料が僕にはあるのだった。
何はともあれ、役場へ行かなきゃ…
町役場は、竹原からのフェリーが到着する「白水港」のすぐ隣にある。
朝8時の開館と同時くらいに、僕は住民課の窓口を訪ねた。
「えと、引っ越して来たんですが…」
「それはそれは、ようこそ大崎上島へ」
そんなやりとりがあったかどうかは忘れたが、いよいよ本題である。
「こちらの用紙にご記入ください。」
と言って、男性の係りの方が転入届を手渡してくれた。
僕はその用紙を受け取って、前に住んでた住所や嫁さんの名前、その他必要事項を記入する。
もちろん、これから住む住所も…
「これでいいですか?」
僕は書き込んだ書類を係りの人に手渡した。
書き込まれた書類を受け取った係員は、パソコンに向かって慣れた手つきでカタカタと打ち込みを始める。
「新しい住所は…『大串』ですね?」
そう聞かれた僕は「はい」と答えた。
そして、僕はついにこの言葉を口にする。
でもそこ「トライアルハウス」なんですよね…
係りの人の手が止まる。
パソコンの画面を見つめて、しばらく考え込んでいる。
「え〜と、この住所はトライアルハウスの住所なんですか?」
係りの人は振り返りざまに僕にそう聞いてきた。
「そうです。3ヶ月間そこに住むつもりです。」
僕はにこやかにそう答えた。
頭をひねって困惑している係りの人に僕は、気になって仕方がなかった重大な質問をぶつけた。
「そもそも、そこに住所を移すことはできるんですかね?」
トライアルハウスは、大崎上島町が管理する建物である。
言ってみれば、図書館や文化センターみたいな施設と同じ扱いな訳である。
僕は、そこに住所を移そうとしているのだ。
つまり、図書館を住所にするようなもので、それが可能なのかどうかが、ずーっと気になっていたのである。
普通に考えたら、無理だろう。
しかし、僕は一宮市に「転出届」を出してしまっているので、大崎上島町に「転入届」を受け取ってもらえなかったら「住所不定」と言うことになってしまうのだ。
「これはさすがに難しいですね…」
頭の中が整理できたのか、係りの人が僕にそう言ってきた。
「無理だったら、僕はどうすればいいのでしょうか?」
正直に聞いてみた。
「そもそもトライアルハウスは、町に住民票がある人は利用できない規約のはずなので、住民票を元の一宮市に戻しては?」
もっともな話である。
確かに、そうすればいいのかもしれないが、前に住んでたマンションの管理会社は、当然新たな入居者を募集するだろうし、新たな入居者が決まった場合、出てったはずの僕らの住民票があったらとっても面倒くさい事になる…
そう説明すると「ちょっと待っててくださいね。」と言い残して、席を立ってどこかへ出かけて行ってしまった。
待つこと、15分…
係りの人が戻ってきた。
「お待たせしました。」
これで受け取ってもらえなければ、
さて、どうしたものか…
「3ヶ月後に間違いなく退去していただける事を前提として、特別に認めます。」
わーい!
やったー!(^o^)/
さっきの15分間に、住民課の係員が、トライアルハウスを管理する地域経営課に出向いて、緊急会議を行ってくれていたのだ。
トライアルハウスを借りる時にたくさんお世話になった、地域経営課のAさんがやってきて…
「今回は特例ですよ。というか僕は知らないことになってますからね。」って言い残して戻って行った。
いやー、有難い!
Aさんは、わざわざ「特例ですよ」と言いに来たが、言い換えたら「こんなことする人いませんよ」と言いに来たようなものだ。(笑)
それより驚くのは、これが先日まで住んでいた、36万人都市の一宮市だったら、こんな「特例」などおそらくあり得なかった事だと思うのだ。
住所の変更が認められずに、路頭に迷うことになっても仕方のない状況だったのは間違いない。
まだ島に来て2日目だが、小さな自治体だからこその、暖かい人情みたいなものに触れた、最初の出来事だった。
と言うか、相変わらずの綱渡り。
でもこれで、晴れて大崎上島の住人になることが出来たのである。(笑)

