2026年に入って、ようやく遅ればせながら映画「国宝」を観てきました。

 

2025年の流行語大賞に「国宝(観た)」がノミネートされて、社会現象とまで言われていたのにまだ「(観ていない)」でした。

 

話題になりすぎている映画ほど、タイミングを逃すタイプの人間です笑

 

観て嬉しかったのが、主人公の喜久雄がボクの故郷・長崎出身だったこと。

 

物語の中で主人公の父親が撃たれる料亭のモデルは、どう考えても長崎・丸山にある「花月」に違いない。

 

最終的には人間国宝と呼ばれる存在になる人物だけれども、そこに至るまでの道のりは、決して「順風満帆」なんて言葉で片づけられるものではありませんでした。

 

迷い、悩み、傷つき、いろんなものを犠牲にして、それでも進んできたのに、世間的にはそれらをひっくるめて簡単に「順調な人生でしたね」とまとめられてしまうことに、なんとも言えない、せつない気持ちになりました。

 

映画を観終わって劇場を出たあと、頭の中でいろんな思いが渦を巻いて、しばらく口が重たくなってしまいました。感動した、という一言ではとても言い表せない後味。

 

興味が湧いて、今は原作本をAudibleで聴いているところ。

 

映画ではさらっとしか触れられなかった部分も、書籍ではもう少し丁寧に語られています。

 

例えば先代が残した借金の話。その金額はいくらだったのか、なぜそんな借金を背負うことになったのか。そうした背景を知ると、物語の見え方がまた少し変わってきます。

 

また長崎弁では「俺」「お前」を「オイ」「ワイ」と言うのですが、端折らずしっかりそのまま使われていたのも嬉しかった。調べると原作者の吉田修一さんは長崎の出身の方でした。

 

故郷の景色と重なったせいか、いつも以上に心に引っかかっています。

 

しばらくはこの物語のことを誰かと語る気になれず、もう少し自分の中で静かに噛みしめていたいと思います。