ずっと気になっていた岩手・平泉の中尊寺。ようやく行ってまいりました。

 

場所は岩手県の南、宮城県寄り。ざっくり言うと仙台と盛岡の中間あたり。「いつか行きたいな〜」と思っていた場所のひとつです。

 

■ 平泉は世界遺産の町

中尊寺は2011年に「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」として世界遺産に登録されています。

 

その中心にあるのが金色堂。

 

事実上の創建は奥州藤原氏の初代・藤原清衡(きよひら)。1105年、戦乱の世を鎮め、極楽浄土の世界をこの地に表そうとして建立したと伝わります。

 

「財力にものを言わせて、豪華絢爛な建物を作ったんだろ?」なんて勝手に思っていましたが笑、どうやらそうではないようです。

 

戦乱に明け暮れた清衡が、壮年期に抱えていた深い悲しみと戦没者の冥福、世の平安を願って造営したのだと知りました。妙に納得。

 

■ 金色堂は「覆堂」の中に収められている

金色堂は、風雨から守るための「覆堂(おおいどう)」の中にあります。

 

今の覆堂は近代的な建物で、覆堂の内部で金色堂はガラスケースに収められ、空調も完備。

 

奥に見えるのが覆堂:

 

金色堂はもちろん全面金箔。並んでいる仏像群も金色で、光に包まれた圧倒的な空間でした。

 

そして金色堂の下には、奥州藤原氏3代(清衡、基衡、秀衡)のミイラが安置されています(4代泰衡は首級のみ)。

 

歴史の密度が濃い…!

 

上の覆堂が建てられる前の覆堂も境内に残されています。

 

旧覆堂:

 

中に入ることもできます。モニターの動画で、中尊寺の歴史や修復の過程などを知ることができます。

 

■ 「熊野古道」と縁が深い藤原秀衡

奥州藤原氏3代・藤原秀衡(ひでひら)は、熊野信仰に強く傾倒した人物。東北から紀州まで足を運んだと言われています。

 

ここはガイドとしては外せないポイント。熊野古道をご案内する際、秀衡の名前は少なくとも3回は登場します。

    •    40代まで子宝に恵まれず、熊野権現に祈願して子が授かったお礼に、「滝尻王子」へ刀を寄進した話。

    •    「乳岩」の下に生まれたばかりの赤ん坊を置き、祈りのために熊野詣を続けた話。

    •    道中赤ん坊が気がかりで、桜の花が咲いていたら赤ん坊は無事という願いを込めて桜の杖を地面に刺し、帰りに見事花が咲いていたというその名もずばり「秀衡桜」の話。

 

平泉と熊野古道の深いつながり。感慨深い…。

 

余談ですが、3代秀衡は上記の熊野古道のご案内で頭に入ったのですが、清衡(きよひら)と基衡(もとひら)はどっちが初代でどっちが2代目だったか順番を時々迷います。

 

野球好きのボクは「清原より元木が後輩!」と覚えました笑。

 

■ 本堂

中尊寺の中では金色堂が一番有名ですが、本堂は別にあります。

 

本堂:

 

本堂に安置されているご本尊:中尊寺は今は天台宗の東北大本山となっております。

 

表門修理中の看板:上の写真では階段を上がったすぐには何もありませんが、本来ここに表門があるようです。

 

境内にある郵便ポスト:色と柄がオシャレ!

 

■ 弁慶堂

中尊寺には弁慶堂というのもあります。武蔵坊弁慶は和歌山の田辺出身説もありますから、これも一つの繋がりかも笑。

 

弁慶堂:

 

弁慶の田辺出身説:

 

■ 写真NG。でもその価値アリ

金色堂内部は 撮影禁止。こればかりは実際に見るしかありません。気になる方は、こちらのサイトがとても分かりやすいです。

 

中尊寺金色堂をご紹介! | 奥州藤原氏のミイラにも迫る!【平泉の文化遺産・国宝・世界遺産】:

 

仏の世界を再現した壮麗な「中尊寺」:世界遺産 岩手・平泉:

 

戦乱の世に生きた清衡が願った平和への祈りが、900年の時を超えて今もそこに息づいているようでした。

 

岩手・平泉は、静かで落ち着いた空気が流れるとても心地よい町でした。