江の島駅から江ノ電に乗ると、珍しくすんなり座れました。そういう日もありますよね。

 

それでも鎌高前からは大陸からのお客さんが大量に乗り込んできて、中にはウェディングドレスを纏ったお嬢さんもいて、そう言えば結婚式用の写真を撮っていくカップルがいるとかいないとかって話を思い出しながら、相変わらず例の踏切の前では観光客がスマホを構えている光景が車窓を流れていくのを眺めていました。

 

車内の会話に耳を傾けていると、今日は鎌倉まつりが催されるとのことで、鎌倉駅で降りた客の殆どが若宮大路の方へ流れていきました。
 
車か電車かはたまた自転車かと悩んだのですが、電車オンリーで正解だったようです。

 

巳の日の銭洗弁天界隈は混むと見せかけてそんなでもないというのが実際のところで、普通に観光客で賑わっています。

 
ただ、巳の日の特徴としては確実に信仰心のあるガチ勢が一定数参拝していて、駅の西口から脇目も振らず佐助の方を目指していく人たちがちらほら。観光客とは一線を画すオーラというか、とにかく歩くのが速い。
 
割と年配のご婦人が前を歩いていましたが、一向に差が縮まらない。結構歩くの速い方ですが追いつかない。
 
早く着いても何がどう減るものではないものの、こちらも一心に歩いてしまって最後の急坂で追い抜いたのですが、だからといって福男になれる訳でもない。
 
境内はいつものように観光客と休憩中のハイカーたちで賑わっていました。
 
七福神社、下之水神宮、上之水神宮と順にロウソクと線香を上げていきます。持参の。
 
百観音を一巡すると抵抗がなくなるんですよね、マイ線香。
 
社頭に立つと心地よい風が流れてきて、いつもの事ながら来て良かったと思い、今日は不思議と人払いが起きて、誰にも邪魔されずに手を合わせることができました。
 
社務所でザルとロウソクセットを借りて、本社と奥宮へ。おばちゃんたちがキャッキャウフフとお札に水を掛けているのを後目に、弁財天真言と宇賀神真言を供えておきました。
 
いやしかし、宝くじ当たらないですね(笑) 話飛びますけど。
 
まあ、そう何回も引き寄せてはくれないってのは分かります。でも御利益というか予期せぬ臨時収入とか、微々たるものですけどあるんですよ。だから銭洗弁天にはなるべく足を運ぶようにしているんです。
 
金運というか厄除けという意味で。
 
初めてご朱印帳を買ったのがここ銭洗弁天で、見返し?に当たるバラの半紙に
「旅先安全銭洗辨財天御守護」
と朱印が押してあります。
 
 
これから方々の社寺を回られるでしょうから……という心憎い計らい、お分かり頂けるでしょうか。金運なんて欠片も出てこない。それがいい。
 
社務所に並ぶ授与品も、招福開運と謳いこそすれ、銭だ金だと押しつけがましいお守りってありませんよね。
 
そもそもこの岩屋と湧水は邪を払う清めの霊地であったことが、源頼朝の縁起から窺い知ることができます。
 
そこに時の執権、北条時頼が銭を洗うという要素を付与したため、清めた錢が福を呼ぶという信仰が人口に膾炙したようですね。
 
ではなぜ錢を洗うのか、というのは私見ではありますが、陰陽五行の理屈から見てみると興味深い背景が浮かび上がってきます。
 

1185年の巳の年、巳の月、巳の日の夜、源頼朝の夢に宇賀福神が現れ「佐助谷に湧く霊水に私を奉じれば、たちまちのうちに天下太平、これ治まる」と告げたように、この湧水の霊性を高めることは、時の幕府の正統性と北条体制の存続に直結するのは執権殿も承知していたでしょう。

 

では水の霊性を強めるものはなにかというと、五行相生の理でいえば「金生水」から金気に属するものが相応しい。

 

金気に属するものは動物であれば鳥、色なら白、穀物なら米とありますが、金属製品や宝石類もこれに属し、錢もそこに含まれてくるわけです。

 

それなら米でも研ぐか、鳥を捌くかといった理屈もまかり通る訳ですが、現実的に水が汚れて穢れるのが忌まれたのではないでしょうか。

 

さらに直感的に水の持つイメージとリンクする物ならなお分かりやすい。

 

黒田如水の水五訓を引けば

 

「洋々として大洋を充たし、発して蒸気となり雲となり雪と変じ霰と化し凝っては玲ろうたる鏡となる、而もその性を失わざるは水なり」

 

という水にまつわる流転のイメージは時代を遙か遡ったとしても、誰しもが納得するところでしょう。そして銭は天下の回りモノという考えは鎌倉時代から定着していったことでしょう。

 

ここに流転というイメージを媒介に五行相生で理論武装して、錢を洗うという呪術が市民権を得て成立したと思うのですが果たして。

 

つづく