久しぶりに秘境的な場所へ行きたいなと思い、あれこれ記憶を辿っていたら、ふと思い出した場所がある。
秋山郷と言えば知る人ぞ知る秘境である。
新潟の津南から国道405号線を南に登り、苗場山と鳥甲山に挟まれた渓谷に点在する集落の総称を秋山郷という。
平家の落人伝説が残り、昭和の初めに測量隊が村を訪ねた際、村人から「源氏はまだ栄えているか?」と尋ねられた逸話がまことしやかに伝えられていると聞き、俄然興味が湧いた私はその秘境へ足を運んだ。10年以上前のことだ。
当時私は民俗地理を研究していて、その手の話に目が無かったのもあるし、新たな研究対象を見つけたいという思いもあったような気がするが、結局のところ好奇心からくる興味本位でドライブがてらの小旅行程度だったと思う。
国道405号線は秋山郷の奥深くで途絶え、代わりに林道が取り付けられているから、切明温泉経由で志賀高原へ今でも抜けられるはずだ。
その国道のどん詰まり辺りにあったように記憶している。
津南から渓谷沿いを南下して、著名な温泉地を横目にさらに国道を走ると、すぐに人家は途絶え緑と川音と鳥の声しか入らなくなる。
そんな場所で、民俗資料館という看板が目に飛び込んできた。こんなところに? という所にである。
車を停めて様子を伺うと、どうやら私設資料館のようだった。民家の軒下に、農具やらが所狭しと置かれていて、「ご覧になりたい方お声掛けください」というような張り紙がみえた。
奥に声を掛けると、そこはもう普通の農家の庭先なのだが、引戸から小柄な爺さんが現れた。ニコリと愛想がいいわけでもなく、かといって無愛想でぶっきらぼうというわけでもなく、ただ淡々とどうぞご覧くださいと、家の中にもありますのでと、爺さんは言った。
静まり返っている。当然客は私しかいない。
室内にも調度品や民芸品の類が並んでいたが、二階に上がると様子は一変した。部屋一面に油彩画が飾られていた。
落ち着いた静物画が多かったように思う。なかでも今なお記憶に残っているのは、青い花を花瓶に生けた絵だ。
「倅の絵です」
背後から声をかけられ面食らった。爺さんがぽつんと立っている。東京で絵描きだったか美術の教師をしているという話を淡々と語られて、少し居心地が悪くなったが、私も東京から来たのだと言うと、老人は少しだけ表情を和らげた気がした。
さして長居もせず、私の秋山郷滞在はここで幕を閉じたのだが、未だにあの資料館は現実のものだったのかという思いが心を乱すのである。