阪神淡路大震災のときは埼玉県にいて、
尼崎に住んでいたころの知人の安否を想い、
東日本大震災のときは、この阪南でふるさとに住む家族や友人たちを想いました。
岩手県の南の内陸部にある、ふるさと一関市にある実家は、
2階の壁が落ち、2階を撤去する形で残りましたが、
今は主を亡くし、私も帰る家がなくなりました。
父が震災の前月に、震災を見ずに亡くなったことが、悲しい中でちょっとホッとしたことでした。
4月の末に法事には、新幹線がまだ再開せず、
バスでふるさとに向かい、
内陸部ではありましたが、途中見る景色に辛くなったことを思い出します。
今日は新聞で、15才の春に、進学するはずだった高校を失った子たちの15年後の記事を読みました。
それぞれ既存の高校の一部の教室やサテライト校という形での3年間を過ごし、
報道に関わっていたり、家業を継いだり、教師をしているそれぞれの「今」を取材した記事でした。
人生の大きな転機であり、
夢や希望があふれる15才から15年経った彼らは30才。
ざざまな15年がある中で、時の重みや深みを感じる15年だなあと思いました。
想像を絶する事件や事故が起きたとき、
考えるのは「そこにいなかった自分にできることは何だろう」ということ。
●失われた命を忘れないこと
●自分に与えられた命を精一杯生きること
●自分を信じて、前を向いて生きること
生きている人にできることは、
やっぱり「生きる」ことだと思うので、
これからも誰かを想いながら、
生きていきたいと思う3.11の今日です。

Yahooはあまり使わないけど、
3月11日だけは検索します。