日々小さな幸せを感じるまちに!浅井たえこオフィシャルブログ

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子どもたちのゆたかな子ども時代とみんなが安心して過ごす居場所のために活動する日々をつづります。

「昨日の夜、母が静かに息をひきとりました」という、娘さんからのラインを受信したのは、

27日の夕方でした。


つい1ヶ月前に、「復帰する気満々です」というラインを受け取ったばかりだったので、何が何だか意味が理解できず、

すぐに「ラインいただいたけど、意味がわからない。え?誰が亡くなったの❔️」と娘さんに電話をして、

実は手術ができない状況で、緩和ケアを受けながら自宅で最期まで過ごしていたと、知りました。


知らずに「また、元気に戻ってくる日を待ってます」なんて、

呑気な返信をしていた自分が情けなくなりました。


「母は、最期の3日くらいはほとんど話せなくなっていたけれど、その前にはいろいろ話していて、死んだら、みなさんには、全部終わってからお知らせして、桜の咲くころにお墓参りしてもらえたらいいからね、と言っていたのですが、やっぱり浅井さんとかにはお別れしてほしいので、家族葬の前の時間に、よかったら来ていただきたいと思います。母のことばには添わないのですが。」

と言って、家族葬の時間を教えてくれました。


それが、今日の12時〜13時半前までの時間だったので、

13時ごろに、家族葬が行われる場所に行きました。


ご家族と、数人の親族の方だけがいる会場の奥に、

友人の眠る棺がありました。

ひっそりと逝きたかった友人の思いに添わず、

他人の私が踏み入れていいのかとちょっと気後れしましたが、静かに棺の中の友人の顔と対面しました。


優しく、美しい表情と、神々しさを感じる装束は、

友人が生きてきた姿そのままだなあと感じました。

私はこんなに優しい表情で死ねるだろうかと、

改めて、友人への尊敬の気持ちも深まりました。


10分に満たない対面でしたが、 

穏やかな友人の顔と対面できて、本当によかったです。


亡くなる1ヶ月くらい前、

骨折して入院した私に送ってくれたラインがあるのですが、

初めての出会いのころを思いだし、

以来、私の活動を全肯定してくれた存在だったなあと、

改めて感じます。


あまりに感動して、

ラインの文章を、他の友人たちにも読んでほしくて、

「他の人に転送したり、どこかで紹介してもいい❔️」と聞いて、快諾していただいた文章を、紹介させていただきます。


個人の名前だけ、伏せてあります。

↓

浅井さんたいへんなお怪我をなさったそうで、

お見舞い申し上げます。

無事手術を終えられたそうで安堵致しました。どうかご養生なさってくださいね。

先日、鑑賞のガイドブックが回ってきたので、丁度帰省中の●●と2人で、楽しませて頂きました。

その時「どうぞのいす」の話になって、…友だちに「どうぞのいす」って言うたら、しらんていうんやで!どうぞのいす、いうたら、義務教育やよなぁ❣️というのです。

●●は「どうぞのいす」の内容は全く覚えていないのですが、●●にとっての義務教育が「どうぞのいす」なのです❣️幼稚園にもまだいってないころの作品が、●●の心の中のどこかに刻み込まれていたことがとても嬉しかったです。

鑑賞ガイドを読み進めていくうちに、特に事前(の取り組み)に力を入れていたときの「そらまめくん」や「オズの魔法使い」など、ホント懐かしく彼女の心の糧にもなってる感じで、感無量です。

特にはらっぱも20周年で力を入れていた作品「ルドルフ…」(でしたか?間違えてたらごめんなさい)は、それを観るためだけに北海道から飛行機を飛ばしてきたけど、「めちゃ、おもしろかったー!ホント、よかったわぁ」と、今でも言ってくれてます!

そして、●●が「銀河から野原から」がめちゃ、たのしかった!といってくれてました。実はその時、反抗期真っ最中で、かなりグズって親からみたら、全く喜んでいるとは思ってなかったのですが、本人はたのしかったんやなぁ、と10数年たって、初めて知りましたーって感じでびっくりです。

浅井さんにはいろんなことで、私以上に●●の保護者がわりになってくださってお世話になったことホント感謝しています🥲

我が子のわがままにつき従ってしか子育てできないような、不器用な親子を温かく見守ってくださったはらっぱの中で、子育てできたこと有り難く嬉しく思います。おかげさまで、ドデカイわがまま娘を育てあげてしまいましたが、そのわがままいっぱい、伸び伸び育ったことが、あの子の大きな魅力(善くも悪くも)になっているのだと自負しております。

はらっぱのいろんな経験を心の糧に、娘は18歳で、うちの家からあっさりと北海道へ巣立っていきました。そして丸6年間、きっとわがままで苦労したでしょうが、今や多くの友人に囲まれて自分のやりたいことを頑張ってやっています。

子どもは親の思い通り育たないなんて当たり前のこと、学校にいけないことなんて、気にしないでといっても無理でしょうが、大丈夫です。自分の子どもをしっかり信じてあげて、寄り添ってあげれば、子どもは勝手にそだつのです!

それは私が、はらっぱで教えてもらえた最高のことです。どうか若いお母さんたちにもこのことが伝わるよう、願ってます。

ホント、浅井さんやはらっぱのみなさんに助けてもらって子育てできたこと、とても有り難く誇りに思ってます。語彙力がなくて、月並みな言葉しか出てこなくて申し訳ないのですが、ホントに我が子を見るたびに感謝しています。

これからの浅井さんの活動にも期待していますので、しっかり治して、どうかこれからの阪南市をよろしくお願いしますね!

私もまだまだ復帰する気満々です!お互いがんばりましょうね(■■さんにはまけないよ、思われているでしょうが😅) 


今も、読み返して涙が止まりません。

志半ばで逝かれた友人の分まで、

私も残された生命の限りがんばるからね‼️

と、心から思っています。


今年も、第九や大連吟、いっしょに歌い、謡いたかったです。