卒業と決別 (リョーコ⑤)
結局私は受験全滅。
クラスメイトはほぼ全員、大学生となる。
「ゼミの先生がさぁ」
「レッスンが」
「今度コンクールやねんけど・・」
なんかさ、、おもんない (  ̄っ ̄)ケッ
音楽の話ばっかりしやがって。
だいたい何でうち集まってくんねん(怒)
気使われたら、それはそれで気悪い。
「ピアノがな、あっ(゚〇゚ ;)」 シーン
「・・・ぽ、ぽんつくは?バイトどうなん?」
あって何やねん。
私のバイトの話なんか興味ないくせに。
シフトの話でもしたろか、こらぁ~
こういうの世間じゃ「いんねん」と呼びます。
あんなに親にお金使わせたのに、とか
私の3年間なんやってん、とか
父の言う通り普通高校に行っとけば、とか
無意味な後悔。
くだらんプライド。
あたる場所のない怒りは、
全部自分に返ってくる。
自己嫌悪。
あ~~もぅイヤ!こういうの。
自然と高校のツレとは疎遠に。
自分のドロドロした感情にうんざりしてた。
もう見たくない。
まっ、荒れますわな。お約束です(笑)
いたずら三昧 (リョーコ④)
音楽の事を除けば、高校はめっさ楽しかった。
校舎の周りの草むしり、
スコップで全部掘り返して、落とし穴を作って遊びました。
罰としてトイレ掃除やてよ。
おっしゃ、ホースを3本程ゲットやで~。
ドアも窓も閉めて、天井も壁もトイレ丸ごと洗浄。
(o ̄ー ̄)o〆 ザ・放水.。o○水.。o○水.。o○水.。o○水.。o○(ノ゚▽゚)ノ ゥヒャー
びっしょびしょのまま、知らんぷりして授業を受ける。
「誰や!廊下を水浸しにして!!」って怒る先生に、
教室を水浸しにしながら 「はーい」 と真顔で手をあげて。
もち、帰らされましたけどね。
マクドのトイレの手乾かす所に頭つっこんで
髪乾かしました。
とにかく、クスクス笑われるのが楽しくてww
リョーコと私は、別のグループでしたが、
学校の大きな行事がある時は大抵
リョーコが団長で、私が副団長。 か応援団長。
体育祭の説明もほどほどに、
教壇に立って二人で喋ることが多かったです。
電車でみかけた変なオッサンの話。
関西じゃ定番、オカンの話。
先生のものまね。
当時みんな持ちネタ持ってましたから ♪( ̄▽+ ̄*)
後輩たちに「名コンビ」「ほんまに漫才みたい」と讃えられながらも、
私たちは普段ほとんど口をきいた事がありませんでした。
居心地が悪かったからです。
リョーコはいい子でした。昔っから。
なんで居心地が悪いのか良く分からないまま、
結局3年間、一度も遊ぶことはありませんでした。
練習三昧 (リョーコ③)
授業は、国語・数学などはお飾り程度で、
ほとんどが音楽です。
聴音(先生が弾いた曲を、耳で聞いて譜面に書き取る)
音楽史、音楽理論、オーケストラもあったかな。
ピアノ、楽器、声楽は、外から講師が来て、個人レッスンです。
これが、恐いのなんのって。
特にピアノ講師は気性が荒い人が多いので、
泣いてレッスン室を飛び出す子はしょっちゅう見かけました。
私も泣きはしませんでしたが、
「出来損ない」だの「なんでここに来たの」は日常茶飯事。
弾いてる途中でフタをバァーーンって閉められたり、
「才能がない。やめれば」と1時間コンコンと説教されたり。
「このフレーズ好きだなぁ」と気持ち良く弾いていても、
「ショパンはそうじゃないでしょ!」パーン ←手叩かれてる
音弾く度に 違う違う と言われたら
どれが正解かを探すようになります。
何が正しいのか分からなくなります。
音を出すのが恐くなります。
基本だからと割り切るか、
さらっと聞き流すかすれば良かったのですが、
密室で二人きり
まだ若かったし、相手は大先生
自分は才能がない、自分が間違ってる
練習が足りないから怒られるんだ
練習しても怒られるのは、私が悪いからだ
軽い洗脳?
レッスンがある日は、トイレで吐いていたのを覚えています。
その頃は緊張によるものと思っていましたが^^;
ヴィオラの先生は、優しいおっちゃん先生でしたが、
たまに別の先生に見てもらう時は、同じ様なものです。
東京までレッスンに行って、5分で「帰れ」と言われた事もありました。
交通費で5万、レッスン(5分ですが)が1万。
ピアノもヴィオラも100万くらいした。
学校外のレッスンと、夏冬の先生へのお礼、
楽譜や消耗品代・・・
親は「いいよ」と言うけれど、
そんなに裕福でもない我が家にかさむ負担。
毎日誰かに「おまえはダメだ」と言われる
親に多大なる迷惑をかけている
そんな中私に出来る事といったら、
練習することくらいで・・
1日6時間、休みは10時間。
ヴィオラとピアノをやみくもに弾く。
楽しかったんかな。
楽しくなかったやろうね、記憶にないけど。
そんな時、リョーコに出会います。