先週ロンドンブーツ1号2号の淳が「脱原発派」であることがニュースになった。

http://movie.goo.ne.jp/contents/news/NFCN0035652/index.html


これを勇気のある一言であるとしてニュースになっているが、

かなり恐ろしいことだ。

メディアがメディアで自由に発言できないことを認めているからだ。

私はこのニュースはネットでしか見ていないので、テレビで扱ったのかは

知らない。


しかし、最近思うのはやはりテレビをはじめスポンサーがつくものは

広告主にかなり強く支配されているということ。

東京電力はじめ、電力会社がテレビに強い発言力を持っているのは

間違いない。

先に自分の主張に走った山本太郎は、さっさと事務所を辞めてしまった

みたいだが、これも業界にいづらくなったからなのは本人も認めるところだ。


芸能人が、しかもお笑いタレントが政治色のある発言をするのが珍しいといのは

あるにせよ、「自分の主張をはっきりすることがニュースになる」、

すごく異常なことである。


テレビが扱わないなら、やはり自由度のあるネットの存在はますます貴重に

なるのだろう。

批判能力を失ったテレビ、もうバラエティー番組を流す以外にその役割は

終わってしまったのだろうか。


恥ずかしながら、私は、小学生、中学生と、どちらかと言えばいじめっ子でした。

今考えると、なんであんなことしたんだろう、ということがたくさんあります。


あのときの自分はどんなつもりで、いじめたりしていたんだろう。

誰か(大人、先生?)が何かしらはたらきかけていれば変わったのだろうか。

自分がしたことを正当化するつもりもないし、ひとのせいにするつもりもありません。

でも、ひょっとしたら何かしら考えるきっかけは必要だったのかもしれません。

それは、自分だけでなく、家族や先生も。


もちろん、救いを求める側のいじめられっ子にも。



いじめの原因はすごくたくさんあって、簡単に解決するものとは思っていません。

学生時代に教職の免許をとった友人をみて、「こんなやつでも教師になれるのか」

と思った記憶があります。

子供だけの問題ではなく、先生にその意識と能力がない場合もあるんですね。



上部に貼った運動で何がどこまで変わるかは正直言ってわかりません。

でも、何かのきっかけになれば、と思い紹介します。


ノルマや、決まりがあるわけではありません。

数が力になることもあります。

グルっぽへの参加でいじめが減ったら、素敵だと思いませんか?


おしつけがましくするつもりはありません。

見るだけでも見てみて下さい。



東電に誠意ある対応が望めないことは前に書いた。

わかりきったことだが、それは、しょせんは他人事(ひとごと)だからだ。



前から(震災がおきるずっと前から)思っていたのだが。

原発について東電は、安全を保障してきた。

それを口にするだけでなく、各原発には社長をはじめ、役員、そして

その家族を原発の敷地内に住ませればよかったのだ。


そして、今回のようなことがおきたら、被災者たちと行動を共にして

いかに自分たちが大変なことをしたか身を持って実感すればよい。



すでに起きたことだから仕方ないが、今からでも遅くない。

役員や関係者、家族たちは、被災者と生活をし、不便な思いを

すればよい。

そうすれば、自分たちだって早く解決しなければ、と思うはずだ。



ついでに言ってしまえば、同じように政治家も当面は東北の被災地に

住めばいい。

本人が行ってしまっては、国の機能が低下するということであれば、

家族を行かせればよい。

きっと、今のくだらない権力争いを後回しにして、東北の問題について

本気で考えるようになるだろう。


他人事だ、と放っておくことができなくなるだろうから。