原子力を止めない限り変わらない、セシウム137は減らない、汚染物は東電本社で管理しろ! | 脱原発の日のブログ

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12月8日は1995年、もんじゅが事故を起こして止まった日。この時、核燃料サイクルと全ての原発を白紙から見直すべきだった。そんな想いでつながる市民の情報共有ブログです。内部被ばくを最低限に抑え原発のない未来をつくろう。(脱原発の日実行委員会 Since 2010年10月)


 Nです、毎日放送ラジオニュース「たね蒔きジャーナル」、今日は千葉猛さんの司会、毎日新聞本社論説委員の近藤伸二さんの案内で放送されました。



 原発関係のニュース、食肉の出荷停止、岩手他4県の停止を解除しました。全頭検査を行い、全戸検査も行って、安全の確認された牛の出荷が始まります。しかし、一部からは基準を超えるセシウムが検出されています。しかし、これで本来の価格で売れるわけではなく、検査体制の確立を近藤さん指摘していました。



 福島の農家、早場米のセシウム、検出されず、会津の米からですで、原発から西に100kmのところの米からセーフでした。

 東電西沢社長が茨城を訪れて賠償支払いをすることを8月30日に公表すると言いました。茨城は本払いを早くしてほしいと言っています。







 そして、小出先生のお話、驚くべきニュースで、大津波は想定外といわれていたのに、東電は3年前に10mの津波の来る可能性を知りつつ、対策を取らなかった、小出先生、難しい、彼らは天災でも人災でも破局的なものを無視してきたのです。この試算、事故直前の3月7日に保安院に報告されており、保安院も無視して、小出先生、「いつものこと」であり、保安院は2年前津波が6mを越える可能性を東電から口頭で受けていたのです。大きな津波が来るのは了解しており、保安院のアドバイス機関も津波の高さごとにブラックアウトの可能性を試算して、都合が悪いので無視してきたのです。つまり、後でばれたら困ると言うことなのです。



 近藤さん、政府が原子力規制組織を作るというものの、体質は変えてほしいが、国の根本が原子力を進めるとしたら出来る仕事は限られる、最悪のものは考えない、今後も考えないと思われるのです。国が原子力を根本的に、そんなものに手を染めていいか考え直さないとダメなのです。



 政府の災害本部、今後の放射線量を予測して認められたのですが、周辺の田畑、放射能は雨に流されて2年後減ると言うのですが、「除染は出来ない」、しなくても良いのではなく、出来ない、田園の土をはがしたら死ぬ、放射能の寿命があり、セシウム137と134、134は2年で半分、137は半減期が30年、なかなか減らない、雨などで減るものの、長い間は汚染が続く、2年でセシウム134が減る試算は合っていると思われるのです。が、雨により汚染は広がる、放射能は半減期以外で減らないのです。国は当初2年間を言ったものの、その後は減らないのです(セシウム134が減るだけ、137は減らない)。



 政府は学校の屋外活動の制限の20ミリ/年を1ミリにした、「あまりにも遅すぎた」、学校だけで1ミリにするが、子供は学校+家庭で1ミリにしないといけないのです。「せめて子供に対してはしないといけないのです」。



 明日、国会で放射能汚染の特別処置法が成立し、国が責任を持って除染するものの、汚染土の処分は決まっておらず、「大変難しい」、汚染と読んでいるのは原子炉の中にあったもので、東電のもの、東電が撒き散らしたもので、「東電に返すべき」=福島の原発内に戻すか、出来たら「東電本社においてほしい」のです。しかし、原発に石棺を作らないといけない、瓦礫、その他汚染物をその材料にしたらいいと思われるのです。そこは、墓場にするしかないのです。管理を何十年、何百年しないといけない、全国に撒けてはいけない、六ヶ所村の廃棄物は300年の管理がいる、福島のものはもっと要るのです。



 汚染物は東電本社へ、という小出先生の言葉は重みがありました。聞いて、良かったです。