以前、傑作選ということで、誰もに刺さるであろう傑作を紹介しました。今回は、何とも言えない好さがある、個人的に好きな作家を7名紹介します。

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【第7位】

第7位は、村上春樹(1949-)の『1Q84』『海辺のカフカ』。

村上春樹と言えば、独特な文体を持っているという印象を持たれる方が多いのではないでしょうか。確かに英語を翻訳したような文体で、読みながら調べないと分からない箇所もたくさん出てきます。
 

プロットが多くて大変なので、この二作品のあらすじは助手のCopilotさんに手伝ってもらいます。

 

『1Q84』

1984年の東京。
フィットネス講師として働く青豆は、ある日高速道路の非常階段を降りたことで、現実とよく似ているがどこかが異なる世界――“1Q84”に迷い込む。空には月が二つ浮かび、彼女の周囲では説明のつかない出来事が静かに連鎖し始める。

一方、数学講師で小説家志望の天吾は、編集者・小松の依頼で、謎めいた少女ふかえりの原稿『空気さなぎ』を書き直す仕事を引き受ける。その行為が、彼を不可思議な世界の深層へと引き込み、現実と虚構の境界が揺らぎ始める。

互いに存在を知らぬまま、青豆と天吾の人生は見えない糸で結ばれ、二つの世界の歪みが二人をゆっくりと近づけていく。
世界の“ずれ”の中で、二人は自分の選択と過去に向き合いながら、再び出会うための道を探していく。

 

『海辺のカフカ』

15歳の少年・田村カフカは、父の呪いのような言葉から逃れるために家を出て、四国・高松へ向かう。彼は静かな図書館に身を寄せ、司書の大島さんや館長の佐伯さんと出会い、自分の過去と運命にまつわる謎へと踏み込んでいく。

同じ頃、戦時中の不可解な事件で知能の多くを失った老人ナカタさんは、猫と話す不思議な能力を持ちながら、ある出来事をきっかけに“自分がやるべきこと”を直感し、旅に出る。その旅路は、カフカの物語と見えないところで呼応し、二つの世界はゆっくりと重なり始める。

現実と非現実、記憶と喪失、運命と自由意志が交錯する中で、カフカは自分自身の核心へと向かい、ナカタさんは世界の歪みを静かに整えていく。
二つの旅は、やがてひとつの大きな物語の円環を描く

 
私が村上春樹作品の魅力は、「表現」「理不尽さ」「キャラクター」だと思います。
 
1.表現
村上春樹は英語から輸入してきたような独特な表現が多く、それがある場面の印象を強めることがあります。印象に残っている物のひとつは、『海辺のカフカ』の主人公の一人、ナカタさんが寝る時に使われていた表現で、「丸太のように眠」るという部分です。英語で "sleep like a log" と言うと、丸太のようにずっしりと深く眠っている様子だそうです。日本語で丸太のように、という表現はなかなか無いのて、面白いなと思った記憶があります。
 
2.理不尽さ
『1Q84』にも『海辺のカフカ』にも、「運命」としか言いようがないような、筋が通らない出来事というのが多く起きます。例えば『1Q84』では、青豆という主人公の一人が誰とも会っていないのに妊娠をしたり、月が二つできたりします。『海辺のカフカ』も同様で、ナカタさんの直感は現実的に考えると筋道立てて理解することはできません。
 
もしかすると、すべての設定に意味があるのかもしれませんが、私には理解できないため、筋道が通っていない、理不尽だ、と感じます。ですが私は、理不尽で現実離れしているからこそ、どこか現実味を感じられるのかなと思います。理不尽な事は現実でも多くあって、それを体感できるような読書体験だと私は思います。
 
村上春樹のファンたちのことを「ハルキスト」と言ったりしますが、私の知り合いで生粋のハルキストの人が居ます。その人によれば、『海辺のカフカ』には戦争を題材とした内容が盛り込まれているそうです。
 
3.キャラクター
どちらの作品にも個性的な人物が沢山出てきます。人物名にも意味があるそうですが、私はあまり把握していませんでした。私が特に好きな人物は『1Q84』の青豆と『海辺のカフカ』のジョニー・ウォーカー、カーネル・サンダース、ナカタさんです。
青豆は、単純な話、性癖に刺さっています。多分それだけの事です。
ジョニー・ウォーカーは、見た目も相まってかっこいいなと思います。
カーネル・サンダースは、陽気なおじさんという感じで面白いです。
ナカタさんは、話し方が奇妙で、どこか魅力を感じさせる人物です。彼に影響されて、彼の好物であるあんぱんを何度か食べたこともありました。
 
恐らく私は村上春樹の魅力は分かり切れてない気がするのですが、彼の作品にはどこか惹かれるところがあります。
 
文体が苦にならない方は、読むと世界観に引き込まれるのではないかと思います。


【第6位】

第6位はオスカー・ワイルド(1854-1900)の『ドリアン・グレイの肖像』。
 
バジル・フォールウォードという画家が、ドリアン・グレイという非常に魅力的な若い男性を描くが、その絵があまりに美しく出来ていた為にドリアン・グレイは「自分は老いるがこの絵は老いることが無い。私ではなくこの絵画が齢を取れば良いのに」と思ってしまう。それは現実となり、ドリアン・グレイは美貌を保つ代償に、悪行を重ねる度に絵が老け、醜く皺で歪み、意地悪な老人の顔へと近づいていく。絵画が醜くなることで、現実のドリアンはどのように変化するのか。現実は芸術を模倣する、という逆説的な命題が中心となった作品。
 
美とは何か、という事を考えさせられる作品でした。
また、ドリアン・グレイが尊敬するヘンリー・ウォトン卿という人物がいるのですが、この人物が序盤にまくし立てる皮肉が非常に面白かったです。
 
読み終わってはいるのですが、まだ嚙み砕いている途中なので、まだ味わい切れていない作品です。
 
 

【第5位】

第5位はカフカ(1883-1924)の『断食芸人』。
 
檻に入り、断食をするという見せ物を行う断食芸人。街を転々とし、その噂は広がった。一時期は一世を風靡した彼であったが、それもそう長くは続かない。インチキをしていると疑われ、飽きられ、忘れ去られていく。稼ぎを得られなくなった断食芸人は、新しく出来る仕事はもうなかったので、サーカスに雇われる事となる。しかし人気の少ない隅の、動物たちと同じような檻で断食を続ける。
ある日、サーカスの監督は誰も居ない檻を見つける。なぜ檻を空のままにしているのか、と。そこである者が、断食芸人が檻の中に入っていたことを思い出した。断食芸人は床の藁の所へぐったりしていた。なぜ断食を続けるのか、と訊かれた彼は、うまいと思う食べ物がないからだ、と答えて死ぬ。
 
自分の芸をひたすらに見せる芸人と、群集の興味とが乖離して、芸人が没落していく様子が好かったです。意味深な最後の会話も読みどころです。非常に短い作品なので、読みやすいと思います。
 
私は多分、こういう頽廃的な雰囲気のある作品が好きなのかなと思っています。これ以降のランキングにも、似たような雰囲気の作品が多いです。
 
 
 

前半戦はここまで!後半戦はまた明日。