与党(自民党、公明党)の平成30年度税制改正大綱には、次のような内容が書かれています。
https://www.jimin.jp/news/policy/136400.html
働き方の多様化が進む中で、特定の企業や組織に属さず専門分野の能力等を活かしてフリーランスとして業務単位で仕事を請け負うといった傾向が強まることが想定される。したがって、様々な形で働く人をあまねく応援し、「働き方改革」を後押しする観点から、特定の収入にのみ適用される給与所得控除や公的年金控除から、どのような所得にでも適用される基礎控除に、負担調整の比重を移していくことが必要であると。
なぜフリーランスという特定の業務形態を取り上げるのでしょうか。意味が曖昧な横文字ではありますが、このような表現からは、現行税制では給与所得が中心であるサラリーマンや公務員が不当に優遇されていて、フリーランス等は不利を被っているような印象を受けてしまいます。
いわゆるフリーランスに限らず、この税制改正どおりになれば、平成32年1月から自営業者全体が基礎控除増額分に対応する所得税が減税となります。
ここで最近あまり聞かなくなりましたが、「クロヨン」や「トーゴーサン」という現行税制の不公平感を揶揄する言葉を思い出してください。
サラリーマンと自営業者等の税制上の所得捕捉率を比較した言葉です。
「クロヨン」は、サラリーマン等給与所得者が所得の9割、自営業者が6割、農林水産業従事者が4割の捕捉、「トーゴーサン」においては、給与所得者が10割、自営業者5割、農林水産業従事者が3割だという見方です。
もちろん、実質賃金の低下が続く中、自営業者等の収入状況は給与所得者以上に厳しいというのが現実でしょう。しかしながら、所得水準と税の公平性や負担感とは別問題です。
先に挙げた「クロヨン」や「トーゴーサン」の是正はどうなっているのでしょうか。最近では、議論の俎上にさえ載っていないように思います。
給与所得控除というのは、サラリーマン等には基本的には必要経費が認められないので、その代替として認められている仕組みです。逆に言うと、自営業者等は必要経費分を所得から控除することが出来ます。
現行の給与取得控除が手厚すぎるというのであれば、そのような実態調査とデータの開示を行った上で議論すべきであり、その問題よりも、「クロヨン」といった不公平極まりない所得捕捉率の是正の方を筆者は優先すべきだと考えています。
自営業者とは言わずにフリーランスという業務形態に代表させたのは、この問題を隠蔽するためではないかと勘ぐってしまいます。つまり、与党としては、声が大きい自営業者対象の減税を決める中で、自営業者という名称を表に出すよりも、世論受けしそうな、今風で自由な職業選択の象徴のようなフリーランスという業務形態を表に出したのでしょう。現政権の目玉でもある「働き方改革」にも関連付けられます。
法人税減税もそうなのですが、経団連はじめ各種業界からの要望に関しては、ここでは基礎控除の増額という減税ですが、自民党なりに届きやすいのでしょうね。反面、サラリーマン等給与所得者は、そもそも所得税が天引きということもあり、税額に対する意識が低く、声も上がりにくいという事情があるように思います。
さらに言うと、給与所得者の税徴収には手間ががからないので、要は取りやすいところから取る傾向が進んだとも言えます。給与所得者の所得税は、たいていは会社が計算し、給与天引きで会社がまとめて納付します。税務署がほとんど労力をかけることなく、取れる税金なのです。
税務署員も他の公務員同様に削減が進んでいます。給与所得控除の引き下げや税率アップ等手間がかからない増税方策が、今後ますます続くように思いますね。
なお、税務職員数ですが、国税庁作成資料『税務行政の現状と課題(平成29年3月14日)』によると、平成9年度ピーク時の57,202人から平成28年度には55,666人、1,536人の減員となっています。
まあ、今回の給与所得控除の引き下げによる増税に関しては、低所得者や子育てや介護を行っている者は除外されたので、筆者としては全く評価しないわけではありません。
しかし、業界団体がロビー活動を行うのは民主主義では仕方ないとして、とにもかくにも税務署の所得捕捉体制を強化する方が先です。少なくとも増員しないといけません(国税庁全体で来年度は7名の純増となるようですが、法人も含め所得捕捉を進めるには、焼け石に水でしょう)。
タックヘイブン等国際間の租税回避防止や調査事務の複雑化のため、最近では税務署員はそちらに大きくマンパワーを割かれています。世間一般の見立てとは異なり、マイナンバーによる所得捕捉の向上や業務効率化は進んでいません。
従前より拙ブログで述べているように、税収不足による財政破綻はあり得ませんし、また税の増収が必ずしも必要だとも考えていません。逆に、過去の日米の資金循環統計などからは、バブル等の景気拡大による税収増、プライマリーバランス好転時に、バブル崩壊による深刻な不況に陥っています。
とはいえ、公正公平な税制による税務行政への信頼は、円の信用、ひいては国家の基礎と言っても過言ではないと考えます。
とにかく、小手先の取りやすいいところから取るという発想ではなく、公平性確保に向け、所得捕捉率向上のため、十分な税務職員の増員が望まれます。
<参考>税務署実地調査率の推移
次の東洋経済オンラインのネット配信記事も是非お読みください。
『税の申告漏れが年7兆円超に及ぶ日本の現実』
(記事より抜粋)
法人の実地調査率も5%前後で、非違件数割合は55~57%。追徴税額は400億円前後。これも全申告法人を実地調査した場合の追徴税額は1兆円前後になるはずだ。
あくまでも単純計算だが、所得税、相続税、贈与税、法人税、消費税の年間推計可能追徴税額を合計すると7兆~11兆円になる。2019年10月に消費税率が8%から10%に引き上げられると、税収が約5兆円増えると見られている。とすると、所得税など諸税について税務調査がしっかり実施され、きちんと納税されていれば人件費などもちろん相応の費用はかかるが、消費税率を引き上げる必要はないということになる。