※第一幕はこちら
サン・ピエトロ聖堂でニーチェがルーと出会った時、ザロメは21歳、ニーチェは38歳、レーは32歳でした。ニーチェはすぐにルーに魅了されてしまい、数日後にはレーに求婚の意志を自分の代わりに伝えてほしいと頼みました。レーもルーと結婚したかったので、困惑しながらもニーチェの意志を伝えたのでした。
この時の会話は、以下のようなものであったのかもしれません。
※正確性は保証できませんが。
「女のところに行くのか? ならば鞭を忘れるな!」 ~ニーチェ研究(2)~
「ねえ、レー。相談があるんだ」
「急にどうしたんだい?」
「僕はね、ルーさんとは、友人でもなく、愛人でも恋人としても
付き合ってはいけない気がしてきた。」
「三人で共同研究することに、なにか不安でも感じている?」
「そうでない。彼女はいままでとは別物の人間に見えてきて」
「僕はね、ルーさんとずっと一緒にいなくてはいけないと思う」
「互いに研究者として、ずっといることはできるだろう」
「そうじゃない。彼女を僕の妻にしたいんだ。ルーさんは僕と同
じだよ。同じ人間に見える。彼女と結婚したい。」
ちなみに、ニーチェはこの時、友人であるレーから「フリッツ」という愛称で呼ばれていたようです。
ニーチェは喜んで妹のエリーザベトにロシア人女性ルーのことを伝えました。しかし、エリーザベトは異常に兄を尊敬しているブラコンであり、兄が別の女性を好きになることを嫌って、ルーをライバル視する思いがあったようです。
その後、イタリア北部(スイスとの国境近く)にあるオルタ湖に、ルー親子とニーチェ、レーで観光に行くことになります。1882年の5月5日、ニーチェとルーはモンテ・サクロという山(丘?)を登ることになります。レーと母は疲労もあって湖畔のカフェで待つことにしました。これが、ニーチェにとっては、ルーと最初に二人だけになれた時です。
二人だけの時の中で、ニーチェはバーゼル大学教授職を辞めざるをえなかったこと、孤独と不安、敬虔なプロテスタントの家庭に育ちながらも「神が死んだ」ことを知ったこと、音楽家ヴァーグナーとの親交と決裂・・・などを語ったのかもしれません。この時、ルーは同情してニーチェにキスをしたとの回想もあるようです。かなりの時間が経ち、日が傾きかけていました。きっと、丘の上からの景色は美しかったことでしょう。
母親とレーは湖畔のカフェでしびれを切らしていました。二人はやっと戻ってきました。ルーとニーチェは何やら意味ありげな雰囲気で、レーは丘の上で何かがあったことを直感し、腹を立てたようです。
その後、ルーと母はルツェルンへ向かい、ニーチェは大学教授時代の同僚で友人であるオーヴァーベック夫妻宅を訪れました。彼は夫妻にルーのことを夢中で話したようです。ヴァーグナー夫妻と絶縁してからは、オーヴァーベックが親友であり頼みだったようです。オーヴァーベク夫妻からすれば、ルーという面識もない女性の名前を連呼され、疑わしい感じであったようです。
ルーを追ってルツェルンに来たニーチェは、自ら再度結婚の申し出をしますが、友人のままでいましょうと言われ、彼女の前からの夢であった「聖三位一体」の共同生活を提案されます。ニーチェは結婚が拒絶されたのは不満でしたが、この共同生活を承諾します。その後、ニーチェは突然、三位一体を記念して三人の写真をとろうと提案します。荷車に乗ったルーが鞭を持ち、ニーチェとレーが前方にいる奇妙な写真です。レーはこの写真を本気で嫌がっていたようですが、結局は撮影されてしまいます。

ニーチェはその後、ルツェルン湖畔のトリープシェンにある旧ヴァーグナー宅へルーを誘います。かつて、ヴァーグナーと友情を深めていた思い出の場所です。ニーチェは幼いころに父親を亡くしているので、父親に対するような尊敬の念もヴァーグナーへ抱いていました。しかし、バイロイトでの講演で俗物のように変貌した彼を見て失望し、ヴァーグナーと絶縁することを決意します。こうした過去をルーに語ったものと思われます。
・・・ここまでは、結婚はかなわなかったものの、ルーとの友情、そして三位一体の関係は順調であったようです。しかし、その後、ニーチェの妹エリーザベトを含んだニーチェ、ルーとの新たな三角関係が起こり、事態は悲惨な方向へと進んでいくのです・・・。
第三幕へ続く。
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