今回は熊野三山について入っていきたいと思います。
・熊野本宮大社
熊野本宮大社(左から第一・二殿、第三殿、第四殿)「熊野にいらっしゃる神」
主祭神の家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)は家都御子大神(けつみこのおおかみ)とも言い、 昔は熊野坐神(くまのにいますかみ)「熊野にいらっしゃる神」と呼ばれていました。
熊野本宮は熊野三山の中心で、全国に3000社以上ある熊野神社の総本宮です。
延喜式内社熊野坐神社、名神大社 旧社格は官幣大社
本社は上、中、下社の三社があり故に熊野三所権現と言われ、 十二殿に御祭神が鎮座ますところから熊野十二社権現とも仰がれています。
http://www.hongutaisha.jp/shrine.htmlより
上四社(第一殿~第四殿)【本社鎮座】
熊野牟須美神・事解之男神・速玉之男神・伊邪那岐大神・家津美御子大神・天照皇大神
中四社(第五殿~第八殿)【大斎原(旧社地)鎮座(左祠)】
忍穂耳命・瓊々杵命・彦穂々出見命・鵜葺草葺不合命
下四社(第九殿~第十二殿)【大斎原(旧社地)鎮座(左祠)】
軻遇突智命・埴山姫命・弥都波能売命・稚産霊命
http://www.kumano-sanzan.jp/hongu/saijin.htmlより
神々の詳しい説明は☝のURLからお願い致します。
第一~第四殿までは上記画像ですが、第五~第十二殿とはなんでしょうか?
・熊野本宮大社 旧社地「大斎原」
☟旧社地「大斎原」です。

http://www.city.tanabe.lg.jp/hongukan/area/より

http://www.hongu.jp/kumanokodo/hongu-taisya/ooyunohara/より
桜の名所でもあるそうです。
上段の航空写真からも分かるように、川のすぐそばに旧社地「大斎原」があります。
なぜ「旧」かというと、明治22年(1889年)8月の水害時まで熊野本宮大社は熊野川・音無川・岩田川の3つの川の合流点にある「大斎原」と呼ばれる中洲にあったそうです。
かつての本宮大社は、およそ1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿が立ち並び、現在の数倍もの規模を誇っていたそうです。
2年後の明治24年(1891年3月)に水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座しましたそうです。つまり残りの8社が流されました。その8社が第五~第十二殿の中四社と下四社です。
大斎原には石祠をニ殿造営し、西方に中四社と下四社、東方に元境内摂末社が合祀され、現在に至っています。以下の画像です。

・熊野本宮大社の由来(神話)
崇神天皇六十五年に熊野連〔くまののむらじ・又くまののあたえ〕大斎原(旧社)において、大きな櫟(いちい)の木に三体の月が降りてきたのを不思議に思い「天高くにあるはずの月がどうしてこの様な低いところに降りてこられたのですか」と尋ねましたところその真ん中にある月が答えて曰く、
「我は證誠大権現(家都美御子大神=素戔嗚大神)であり両側の月は両所権現(熊野夫須美大神・速玉之男大神)である。社殿を創って齋き祀れ」
との神勅がくだされ、社殿が造営されたのが始まりとする降臨神話です。
熊野三山協議会より
次回は
熊野速玉大社 です。たぶん。
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