熊野三山①<熊野古道> | 真の国益を実現するブログ

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地元にあるが良く知らないので勉強がてらブログ記事にしてみました。

内容はペラいと思います。あしからず。

まず、熊野古道とは?

熊野古道は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)に詣でるための道です。世界遺産として登録されている「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成する参詣道のひとつ、熊野参詣道の通称です。

聖地・吉野からさらに南に位置する熊野は、古くから神々の住む聖地、死霊の集まる再生の地として崇められてきました。厳しい道を乗り越えて、大自然の中にある再生の地・熊野へ詣でることで、来世の幸せを神々に託すという信仰が生まれました。これが「熊野詣」です。

http://www.kumadoco.net/kodo/about/より

古代から中世にかけ、本宮・新宮・那智の熊野三山の信仰が高まり、上皇・女院や庶民にいたるまで、旅人の切れ目がなく行列ができた様子から「蟻の熊野詣」と例えられるほど多くの人々が熊野に参詣しました。

熊野古道にはいくつかのルートがあります。そのうち多くの旅人があるいたのは、京都から大阪・和歌山を経て田辺に至る紀伊路、そして田辺から山中に分け入り熊野本宮に向かう「中辺路(なかへち)です。中辺路は後鳥羽院・藤原定家・和泉式部も歩いたとされています。

 そのほか、田辺から海岸線沿いに那智・新宮へ向かう「大辺路」、高野山から熊野へ向かう「小辺路」、伊勢と熊野を結ぶ「伊勢路」、吉野・大峯と熊野本宮をつなぐ山岳修験道「大峯奥駈道」など、いくつかのルートがあります。
 田辺は中辺路と大辺路の分岐点にあたり、また中辺路ルートの大部分が田辺市にあります。

田辺から熊野本宮に向かう中辺路、田辺から海岸線沿いに那智・新宮へ向かう大辺路、高野山から熊野へ向かう小辺路が、「熊野参詣道」として世界遺産に登録されています。

http://www.tb-kumano.jp/kumanokodo/#about-kumanokodoより

個人的にあんまり「世界遺産」というものが好きではありませんが、一応登録されたというのはおめでたい話ではあります。太字の部分は下図を参考にしていただければと思います。

熊野本宮大社


熊野古道地図

http://kumanokodo.info/dantai.php?itemid=64より

以下は帰省の際近場?で撮ってきたもの。

上の図だと下の赤マル(革マルの親戚ではない)あたり






・ここで気になるのは「王子」というもの

熊野詣の道中、熊野の御子神を祀り難行苦行の信仰の道をつなぐために設けられた神社が「熊野九十九王子」です。

 王子社では、旅人や貴族が休息や宿泊をとったり、時には和歌会なども開かれ、長い旅の疲れをほぐし、熊野の地を拝して旅の安全を祈ったといわれています。

 九十九王子は、実際の数ではなく数の多いことを表現しているものです。現在書物によると、王子跡は大阪より和歌山にかけて九十数社となっており、その中でもとりわけ格式が高いのが、藤代(藤白)・切目(切目)・稲葉根(上富田)・滝尻・発心門の5社で、これらを五体王子と呼んでいます。
http://www.tb-kumano.jp/kumanokodo/oji/

撮ってきた二つは格式は高くないみたいですね。あるのは跡示す看板だけです。なにもありません。看板がなければただの田んぼの縁でしかありません。下のは吐前で「はんざき」と読みます。


☝和歌山市の某所。車一台やっと通れるくらいの道幅です。

今回はこんなところで。

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