一人の日本人として、日本の文化に対する愛着が私にはありますが、そもそも文化にはレベルがあります。
複雑なもの、手の込んだものを見ると、私たちは「レベルが高い文化」と感じるのだそうです。例えば、ファストフード店の食事も食文化ですが、レベルは低い。効率性追求のため、ファストフード店からは無駄な行程は極力排除されていますね。
翻って個人が経営する定食屋だと、食堂の店主と話ながら食事を楽しんだり、お店の雰囲気を味わったり出来ます。
日本庭園を眺めながら料亭で食事するとどうでしょう。提供される料理には手間がかけられ、目に飛び込んで来る庭園の維持管理にも複雑さを感じます。庭園によって日本人の美的感覚が表現されています。
ファストフードから料亭までが存在することで、あらゆるレベルの文化が体験出来ますね。でもレベルの高い文化になればなるほど、複雑で非効率、ということになってしまいます。
世の中が効率性ばかり追求するようになってしまって、レベルの高い文化が絶えてしまうのは 個人的には嫌です。ですが、近年の日本はデフレにより効率性追求に傾いてしまった感があります。なかなかお給料も上がらないので、無駄なコストを省いて安く料理を提供するお店が流行ったりしますね。
京都などでも古くからあったお店が潰れて新しいチェーン店に置き換わってしまったりするのを見ると悲しくなります。
レベルの高い文化への逆風がもう一つ、グローバル化です。
グローバル化で世界的に普遍的なルールをあてはめようとすると、当然もともとあった多様性は失われますよね。
現在、グローバルに事業を展開している外食チェーンを思い浮かべますと、どれも画一化、効率化が進み、文化としてのレベルをあまり感じないのでは無いでしょうか。
外食サービス一つとっても効率ばかりが追求されみんな同じ、ではつまらないものです。無駄を楽しむ心の余裕が人間にとって必要では無いでしょうか?