「黄色い扉の向こう」 2
18年ていう時間て何なんだ?
昨日、阪神淡路大震災が起こってから
18年目に、なっちゃったぜ。
その年に生まれた子供が18歳の
オニイチャンやオネエチャンに
なるんだ・・・
俺にすりゃ、5年前ぐらいの感覚なのよね。
だって強烈な印象だったからね。
その朝、大阪でも凄い揺れで
棚の上のオーディオのスピーカーが
落ちてきたり、壁に立てかけていた
大鏡が倒れて割れたりで
朝寝してる場合じゃなかったぜ。
その後、何日も余震が続いていたぜ。
そんな中、知人から電話があり
西宮の苦楽園にある小学校に避難してる
という電話が、あったのよ。
次の日、朝から、知人がリクエストしたモノを
リュックに詰めて避難所に向かったのよ。
阪急電車は梅田から西宮北口まで
しか運転してないから
西宮北口の駅から線路沿いに
テクテク歩いていたのよね。
途中、やたら見晴しが良いのよ
だって民家はほとんど倒壊して
ガレキばかりで、遠い向こうを
さえぎるものなんて何もないんだもん。
道路がやけに広く感じたぜ。
その道路を車は、無く人の群れが
リュックを担いで歩いて行くんだ
俺と同じで、避難してる人の所へ
物資を運んでるんだろう・・・・。
写真や映画やTVで観た、戦後の
焼野原の様子と変わらないぜ。
2010年作 「地球のはらわた」
途中、何人かの人に俺が目指す避難所までの
道を教えて貰い、やっとたどり着いたのよ。
知人のAが涙をこぼしながら
避難所の小学校の校舎から
飛び出してきたのを、思いだすぜ。
あれから18年か・・・・
帰り梅田に着いた時、何も変わらない
大阪の街の様子に、それまで見た風景との
余りの差に、愕然としたぜ。
その日、向こうで沢山の人に
出会ったけれど、皆、親切に道を教えてくれたり
避難所での助け合いの風景に
思わず、涙が出たのは一生忘れないぜ。
俺の中では、まだ5年前の記憶なのよね。
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