2011年の大河ドラマ

決定


篤姫脚本家の

オリジナル


江と書いて

「ごう」


ちょうど

50作目なので

「5・0」で

「ゴーゴゴー!!」?



今年の例もあるので


ほお


としか言えませんが


将軍の正室で

信長の姪で

浅井の娘で


みんな

つながってて


仲良しでいいですね


***********

ああ

おじさん来た来た


おそいですよ

信長おじさん


すまんすまん

せっかくのめいの結婚式じゃからな

結婚祝いに

金閣寺を持ってきたんじゃ


また兄さん

そんな大きなものを


いいじゃないか市

お義兄さんだって

喜んでくださってるんだから


うむうむ

さすが長政じゃ

男の気持ちは

男にしかわからぬものよのお


お父さん


おお、お待たせしましたな

信長殿、長政殿


おお

家康殿


なに

わしも

今来たところですぞ


いやいや

皆さん

おそろいですなあ


なんじゃ秀吉

おぬしが一番遅れるとは

珍しいのお


いやあ

勝家が出席せんと

言い出しましてなあ

説得しておったんですわ


なるほど

あいつは

来にくいかもしれんなあ


で?


大丈夫

江どのが

どうしても

義父さまに

出席していただきたいと

おっしゃったところ・・


ふふ

あの頑固ものも

さすがに

娘には

かなわぬと見える


じゃあ

みなさん

そろそろ

あちらの

天守の間に

どうぞ


いやあ

今日は美味しい酒が

飲めそうですな


はっはっは・・・




*************


戦国時代だの

戦だのは


江戸後期から

明治以降


時間的に見れば

つい最近の

作り事です


よくできている

講談本や

小説の


作者に

だまされているのです



武将同士が

争ったことも


まったく

無かったのが

真実


戦の記録なども

すべて

後世の人間の

作った偽物

なのです



今の世で

考えれば

にぶいヒトにも

よくわかるでしょう



ゲームや漫画で

どんどん

架空の設定が生まれていて


絵になり

文章になり

残っていく


これを

百年

二百年のちの

人が見たら

どうでしょう?


きっと

あまりの

情報の多さと

リアルさに

真実と勘違いしてしまう

人もいるでしょう



それと同じように


『架空の戦国時代』を

信じきっているのが


今の私たちなのです



ほんとうは

みんな仲良しで


信長も

秀吉も

家康も


普通の

親戚づきあいを

していた


平和な時代だったようです










写真あげようとして

文章消しちゃったので

つづきはこっちへ


アキバは

バサラカフェ見に行こうと

降りたんだけど

もう5月で終わってたんですね


でも

朧のデモが見れたんで

良かったです


ゲーセンで

リラックマまくらとって

リラックマと握手もして


時間があったので

神田明神まで

歩いて

神田の家も

見てきました


門前のお店で一休み


結構、暑かったので

冷たい甘酒が

おいしかったです




伊達な上屋敷

夏の大祓いも

もう出ました


伊達な上屋敷-090615_1626~010001.jpg

ついでに

おもちとみつまめも・・



マーベラスの社員ブログの


Wiiゲームソフトの


売り上げについての日記が


ネットで話題になってるけど




王様物語は


たしかに


知りませんでした




でも


その前の


朧村正は


結構宣伝もしてたし


予約特典が


超豪華だったので


結構売れたのでは?




私は


最近ゲームやらないので


買わなかったけど




ちょうど


昨日


某アキバで


デモ画面を見て




おおおーーー




と感動しました




伊達な上屋敷







後ろで見てた


お兄さんたちも




あまりのデモの


派手さに


足を止めて見ながら




「これ


なんてんだっけ?」


「面白くね?」


「デモ見て


買いたくなった」


「PS3?」


「PSP?」


とか言ってたので




惜しい!!


と思って




目の前の


朧のポップを指して




「これみたいですよ」




と教えてあげたら




「Wiiか~~」


「なんだ、全然違うじゃん・・」




と反応してました






やはり


今は


Wiiというのが


ハヤリじゃないだけでは?



「おぉ!もうそんな時間でござるか、では行って来るでござる。」

伊達な上屋敷-090616_0048~01.jpg
「行ってらしゃいませ…ってあっ…あの!」
「ん?おぉっ!灯りを付けるの忘れたでござる!」
カチッ。
伊達な上屋敷-090616_0126~01.jpg
「では改めて行って来るでござる。」
「はい、行ってらしゃいませ。」

今宵も幸村様は見回りに行くのでした。


「ん?

向こうから来るのは・・」



伊達な上屋敷

おわり


また

左側の

『木津村』は

今はありませんが


『敷津』という

地名が

どうも

それっぽいかと・・


『木津』

「きづ」

「しきづ」

『敷津』


といった感じ?




『伊達軍』の

場所は


『茶臼山』=『家康の陣』の

正面で


『生玉祠』の

下あたりだったかと・・


今は

寺町の

大きな道路に

なってます


前田利常は

伊達さんの

並び


真横&

真田丸の下


同時に

前田さんの位置から


味原池と篠山の

見当を

つけておきます



池は

江戸時代の

名所図会などに

「産湯稲荷の上」と

あるようなので


マップで

「産湯清水」をチェックし

書き込み




さて

肝心の

『真田丸』ですが


上の「堀」から

地図に描いていきました


まず

右の『平野川』と

現在、駅前の

四つ角にある

石橋の跡などから


黒門口の見当を



つづいて


『安堂寺橋』

『松屋町口』から

左の入り口を

ほぼ確定


この二点を

つないで

『堀』にします


ちょうど

現在の地名で

右に『空掘町』

左に『南空堀町』

というのがありまして


(『南空堀町』は

昭和57年に

現在の『谷町六丁目』に・・)


これが

『堀』推定場所に

重なりそうです


また


空掘あとや

「空掘ど~り商店街」を

歩いているサイトさんの

写真などを

参考にしました


また

道一本では

『堀』にしては

細いかな?

と思い


図では

少し太めに・・



そして

この『堀』と


「八丁目東寺町」と

「小橋寺町」の間


『真田丸』を描きこんで

完成です