大阪城周辺の図です
幸村の
『真田丸』の
あったと思われる場所が
本によって
バラバラなので
図を描いてみました
場所が
変わってないものから
書き込んでいきました
『大阪城』
『堀』
『大通り』
『茶臼山』
場所は同じでも
川は
流れが変わっているし
地名は
名前が
変わっているものも
ありました
『天王寺』→『四天王寺』
『生玉祠』→『生国魂神社』
『木津』→『敷津』
『岡山』→『御勝山公園』
右手の
『岡山』は
『岡山村』という
地名もあり
でも
今はありません
そこで近くの
『平野川』をたよりに
たどってみると
中学校の周りに
川の跡としか
思えない
カーブが!
このあたりの町名
『北勝山』
『南勝山』
が怪しいです
「なんの『北・南』?」と
地図を見ると
『御勝山公園』が
あります
ん?
『御勝山』?
↓
「おかちやま」?
↓
「おか・ち・やま」?
そっか
『おかやま』が
「おかちやま」になり
「お」が取れて
「かちやま」という
地名が残ったのですね
徳川が陣取って
徳川方が勝った山なので
明治になって
政府に
壊されるのを
恐れて
こっそり
名前を変えたのかな?
と
思ったのですが
そこまでは
判りませんでした
しかし
ここと
家康が陣を張った
「茶臼山」jは
両方とも
古墳跡です
やはり
武将は
古墳好き
