分かってはいたが
もう、寿命と言う奴なんだろう
苦しみが晴れるのなら
最後はせめて、苦しまずに俺と家族に別れを告げてほしい
・・・ひ孫の顔を見せたかったな
じいさんは建設会社を自分で設立して経営していた
俺が小学生ぐらいの事だ
医者から再起不能を宣告された
再起不能宣告の原因は俺も未だ分からないが、それからまた五、六年たって胃のガンを発症した
手術は成功したものの、それからも炎症などに苦しまされていた
手術や抗がん剤の副作用で体力を失ったのも弱っていった原因なんだろうな
人生50年と言う
家のじいさんも正に人生50年だった
婿養子みたいな形で入った親父や孫である俺にも自分の仕事を継いで欲しいと言う話はしてなかった
きっと自分で生き方を決めたじいさんだ、俺達を信じて好きなように生きていけと言うことなんだろう
小さい頃あやしてもらったなぁ
会社の近くを通る車を一緒に見てはしゃいでたなぁ
ランドセルを買ってくれたのもじいさんだった
世話、かけたなぁ
でかくなってからはあまり話を聞いてなかったな・・・
悪いこともした
後悔しても後悔できない
ごめんな、って言いたくてもあと少しで言えなくなる
満足した生き方だったのだろうか
後悔より良かったと言うことが多く感じられる生き方だったのだろうか
少なくとも、俺は、何歳生きたとか関係無しに、何度病魔にさいなまれても生き続けたじいさんは大往生だったとおもう
もう明日から忙しくなるかもしれない
今日はもう、疲れた
ゆっくり休んでおこう
皆さん、おやすみ