十月十五日(月)
伊達藤五郎成実である。
昨日出陣致した『東北みやぎ復興マラソン 2018』。
5時間30分で完走……今振り返るとあっという間であり、まるで夢の如く思える。
されど、手元にある"完走メダル"と体の痛みが夢でなかったことを物語る。
当日の気温は16℃。
天候は曇り。
肌寒いが、陽射しも強くなく、ランナーにとっては丁度良い気候であったと存ずる。
会場へ着いたのは午前9時前。
1万人を超えるランナーたちや会場の関係者、そしてランナーたちを応援すべく会場へに駆け付けてくれた方々を含めると、その数は2万を優に超えておった。
人だかりの中、荷物を預けた後スタンバイ、そしてマラソンスタートまでは慌ただしかった。
故に、気持ちが頂点へ高まり緊張する前にスタートを切れたことは、むしろ幸運であったと存ずる。
約2ヶ月半。
マラソンへ向けた鍛練は、常に単独であった。
よって、多くのランナーと共にゴールを目指すということもわしにとっては初。
己が目標へ向けて速度を上げる者も居れば、軽く会話を楽しみながら挑む者、取り組み方は様々である。
走り出して序盤は他のランナーたちのペースに左右されやすいもの。
よって、わしは己のペースを崩さぬことを念頭に走り続けた。
此度の大会では、5㎞毎に計測が行われた。
ランニング用の足袋に取り付けた"計測用チップ"が自動的に記録を計ってくれるというもの。
これにより、わしが今何処を走っておるかをつぶさに確認することが出来る。
専用のアプリでわしの現在地を追って応援してくれた者も多いと聞く。
ありがとう存ずる。
10㎞、15㎞と足を進め、20㎞を過ぎた頃、早くも足に異変が起き始めた。
痛みが出ればペースを落としたり、時には歩きつつ、休み休み進む。
足の異変は予期しておったこと故、慌てるに及ばず。
25㎞を過ぎ、30㎞を超えたところで足全体の張り、痛みが頂点へ達し、速度が大幅に落ちた。
それでも決して歩みを止めてはならぬ、そう己に言い聞かせ進んだ。
32㎞、33㎞には体はすでに限界に達した。
一歩一歩が重く、1㎞がはるか遠く感じる。
直接は見えぬが、海の向こうの空に目をやる。
此度の大会は岩沼市、亘理町、名取市をまたぐコース。
東日本大震災で大きな被災を受けた土地。
当時此処には津波が押し寄せ、多くの悲劇が起きた。
その痛みは、まだ多くの人々の心に強く残る。
今、己のこの足の痛みはどうか?
「心の痛みに比ぶれば、こんなもの微々たるもの!」
そう己を鼓舞し、足を運ぶ。
腕を振り、歩幅を整え、前へ前へと進むためのあらゆる手を尽くす。
ふと顔を上げると、コースの先はるか遠くに先に走るランナーが見える。
「彼処へ辿り着くまでには、あとどれくらいかかるであろう…」
わずか3㎞ほどの距離が果てし無く遠い。
体の痛みを気持ちで乗りきるも、ゴールへの距離を感じる度、気力も削られていく。
己の弱さを、痛感する。
体に加え、気持ちも限界に達しておった。
そんな中でも走らねばならぬと思わせてくれたのは、
沿道で応援してくれる方々の存在。
コース19箇所に設けられた給水所(エイドステーション)には、水に加え、被災した各地域の特産品によるおもてなしが行われておった。
給水に立ち寄る度、
「頑張れ!」
「ナイスラン!」
エイドステーションの方々からランナーへ向けた熱い声援が送られる。
エイドステーションを離れた沿道の至るところにも、地元に住まう子供から大人まで、多くの方々がランナーのために駆け付けてくれた。
「頑張って下さい!」
「来てくれてありがとう!」
言葉の力とは計り知れない。
もう限界だと折れた心に、無限の力をくれる。
頑張っている者に「頑張れ!」と申すのはどうか?と考える者もおるであろう。
無論、時と場合によるものである。
が、わしは今こう断言できる。
「頑張れ!」
「ありがとう!」
こそが、限界を超えた者に更なる力を与えてくれる言葉であると。
応援してくれる者の姿を見る度に嬉しくなり、痛みや気持ちの萎えが消え、驚くほど力が湧く。
あまりの嬉しさに涙が溢れそうになる場面も多々あった。
改めて、わしは思う。
わしひとりの力では完走は果たせなかった。
会場で、そして遠くから応援してくれる皆の存在あって、わしはゴールできたと。
35㎞をむかえた頃、少しだけ体が楽になり、ペースを上げた。
マラソンではどこで体が回復するか分からぬもの。
エイドステーションや沿道の応援を受け、ゴールまで残り3㎞に差し掛かった頃、わしは不思議な気持ちに襲われた。
「もう終わってしまうのか?」
つい30分前まで「まだか、」「早く辿り着けぬか?」と思っていた己が嘘のように、ゴールが惜しくてならなかった。
ゴールすることで、大会と、復興を願い集った多くのランナーと、応援してくれる者たちとの掛け替えのない時間が終わるのか?と寂しさを感じた。
ゴール手前で速度を落とし、
「最後は、一歩ずつ噛み締めて歩こう」
と、歩いてゴールした。
迎えてくれる多くの声援、皆の笑顔、ゴールした安堵とゴールした寂しさから、涙が止まらんかった。
此度わしの共を務め撮影や応援に奔走してくれた常長、
わしの動向を伺い、コースの先々へ先回りし、至るところで声援を送ってくれた皆々、
そして、
スタートからゴールまで、各地で沿道よりランナーを応援してくれた全ての方々、
あらためて、
心より感謝を申し上げる。
結びに。
大会を終え、帰路に就く際のこと。
海の彼方の空に、美しい虹があらわれた。
復興への願い、我が生誕450年の皆への感謝の想いを届けてくれる希望の橋。
そんな風に思えてならんかった。