こんにちは

元小学校教師の中楯浩太です。(※中楯浩太のプロフィールは、こちらです!




東京オリンピック・パラリンピックが、いよいよ目前に迫ってきましたね。

 

 

あなたは、オリ・パラ開催にどんな意見をおもちですか?

 

 

今から80年前の1940年、戦争の影響で、東京開催を返上した「幻のオリンピック」があったとは学びましたが・・・。

 

かつて、これほどまでに開催の有無の「判断」が難しかったことはあったでしょうか?

 

いずれにしても、選手のお気持ちはもちろん、関係者の皆様の「判断」やかじとりの難しさは、想像を絶するものがあります。

 

 

また、「判断」と言えば、4回目の緊急事態宣言。

 

このような状況です。

 

どんな「判断」をしても、きっと大きな反響がありそうです。

 

 

 

さて、今回は「判断」について。

 

あなたは日々、どんな「判断」をしながら生活をしていますか?

 

アメリカのある研究によると、1日における人の決断回数は35000回だとも言われているそうです。

(※明確な根拠は、私には分かりませんが💦)

 

 

 

ちなみに私は今、『コメダ珈琲』で悩みに悩んだ末、モーニングセットA(トーストパンとゆで卵)を選びました。

 

いつもは、大好きなCセット(トーストあんこ付き)なんですが、今日はなぜかAセットの気分。

 

「判断」っていったい何なんだろう?

 

考えさせられます。

 

 

さて、先生の判断場面も、小さいものも含めると、きっと相当多いですよね?

 

 

朝8時から夕方3時過ぎまでの全生活を通して、一人一人個性の異なる子どもたちと向き合う。

 

表情やしぐさ、声のトーンや服装などはもちろん、

 

友達との関わり方、授業中の姿、言葉遣い、持ち物などに目をやり、気を配り、心を向けるとなると、

 

判断場面は無限に存在します。

 

先生たちは、それを毎日、無意識のうちに行っているんですよね。

 

 

 

教室で講義型の一方向的な授業をするだけならば、そこまで難しくはないのかもしれませんが・・・

 

学びを大切にしようとする先生たちは、少しでも子どもの探求心が芽生えるように、

 

知的好奇心をくすぐり、楽しく学べる環境を整えようと心を砕きます。

 

 

教室のどこに立って(もしくは座って)、どんな声、どんなトーン、どんなスピードで、子どもに何を問いかけるのか。

 

子どもの微妙な表情の変化をどう受け止めて、どう返すのか、もしくは見守るのか。

 

返すとしたら、どのタイミングで、どんな言葉を選ぶのか。

 

そういった瞬時の判断場面が次々と起こります。

 

 

 

また、大きな判断もありますよね。

 

子ども同士がもめることは、よくあります。

 

関係性を学び、成長するためには、大切な経験です。

 

その状況をどう判断して、どう対応するのか。

 

ただ、いじめにつながりそうだと判断した場合には、対応も変わってくるでしょう。

 

その子の心の様子、学級の他の子どもたちとの状況、学年の先生との共有、管理職への報告、保護者への連絡など

 

学校の先生たちは、《生きた子ども》を前に、それはそれは、大変な判断の連続です。

 

 

 

元麹町中学校の工藤勇一校長は『自律する子の育て方』の中で、「魔法のような3つの言葉がけ」として、次のように提案しています。

 

 

安心できる環境をつくることと、ストレスに強い脳をつくることが同時にできる、魔法のような言葉があります。(略)

 

子どもに何かトラブルが起きたとき、全教員がその対応方法の指針としているものです。

 

もちろん、保護者にもできるだけ家庭で使ってもらうよう紹介しています。

 

その言葉とは以下の3つです。

 

 

1.「どうしたの?」(「何か困ったことはあるの?」)

 

2.「君はどうしたいの?」(これからどうしようと考えているの?)

 

3.「何を支援してほしいの?」(「先生に何か支援できることはある?」)

 

この言葉で問うことで、子どもの「自己決定」をうながし、「メタ認知力」も高められるのだそうです。

 

私も日常生活で、子どもに対して、よく使っています。

 

 

 

ただ、ここで考えたいことは、

 

工藤先生が、どうしてこの言葉を使おうと思ったのか?ということ。

 

つまり、「判断の基準」=「軸」を知ることが大切だと思うのです。

 

麹町中学校では、教育の最上位に「自律」を掲げていました。

 

自律とは「自分で考え、判断し、行動できる」こと

 

そこで、自律を育むための手段として、この「3つの言葉がけ」がよいと判断したのです。

 

「最上位目標という軸」があるからこそ、そこから判断して、手段を考えられるのですね。

 

適切な判断をするうえで、「軸」は欠かせません。

 

ある程度「軸」がないと、判断のたびに、迷いが生じます。

 

 

 

あなたは、どんな「自分軸」をもとに判断をしていますか?

 

 

「自分軸」については、またこれからも、お伝えしていきます。

 

 

※コメダ珈琲で、Aセットを選んだ私の軸は・・・「ゆで卵」が大好き💖

 

案外、それだけかもしれません💦

 

 

 

 

 

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こんにちは

元小学校教師の中楯浩太です。(※中楯浩太のプロフィールは、こちらです!




『なにっ!?幸せには順番があるんだって?』の後編です。

 

まだ、お読みになっていない方は、コチラからどうぞ。


先日、調べものをしたくて「幸せ」というキーワードをGoogleで検索しました。

 

すると、約4億ものヒット数に驚愕!

 

 

多くの人が、つかみどころのない「幸せ」を求めている時代なのかもしれませんね。

 

 

 

私が教師駆け出しの20年ほど前は、「幸せ」など気にも留めていませんでした。

 

「幸せ」という言葉を堂々と使っている人にも、あまり出逢わなかったような気もします。

 

それよりも私は、子どもと一緒に遊ぶこと、楽しく学ぶことを通して、「確かな自信」を育むこと。

 

これを何よりも大切にしていました。

 

 


ある程度経験も重ね、中堅からベテランと呼ばれる年齢に差しかかったころ・・・

 

とある研修会に参加しました。

 

そこから、私の中の何かが変わり始めました。

 

 

「先生こそが真に未来をつくる」ことを掲げ、日本全国の先生たちと最先端の学びを創出するティーチャーズ・イニシアティブ(以下 T I)の合宿です。

 

この場での学びの詳細は、今回は割愛しますが、大きく変わったことの1つが、

 

「幸せ」を強く意識するようになったことです。

 

慶應大学大学院の前野隆司先生(T Iの理事)との出逢いも大きく、私の中の教育観をリフレクションするきっかけになりました。

 

 

 

これまで、私が教師として大切にしてきた「楽しい思い出と確かな自信」が育まれた子どもたちも、きっといることでしょう。

 

ただ、「子どもたちは、幸せな学校生活だったのかなぁ?」と自問自答すると、モヤモヤしてしまいます。

 

考えれば考えるほど、私も今の日本の教育全体も、「幸せ」からはほど遠い場になってしまっている気がしてなりません。

 

本当に幸せな場所であるならば、ずっとその場に居たいと感じるのではないかなぁ・・・

 

そんな心と目で学校や子どもたちの様子を見てみると

 

 

毎日楽しんで学校に通っている・・・

 

心から安心して自分らしく過ごせている・・・

 

6時間目まで、学べることを喜んでいる・・・

 

土曜授業でさえ、友達と会えて嬉しい・・・

 

 

 

残念ながら、こうは言えない状況です。

 

学校に来ると、朝から「眠い」「疲れた」「だるい」「面倒くさい」「お腹すいた」と

 

心ここにあらずといった感じで、心身の不調を訴える子供たちがとても多いのです。

 

 

 

私自身や職場の様子を見ても、みなさんとても一生懸命だけど、

 

やっぱり、「幸せ」ではなさそうに見えます。

 

 

 

それからというもの、毎日のように「幸せ」について、学び考え続けてきました。

 

その過程で、「自己受容」「自己肯定感」「自分軸」「マインドフルネス瞑想」「カウンセリング」「コーチング」など、「幸せ」に関係がありそうなことを、体験と実践を通して学んできました。

 

 

しばらくすると、学校教育の現状を何とかして、「幸せと教育をつなげたい」という思いが生まれてきたのです。

 

そのことは、またいつか機会をとらえて、ご紹介します。

 

 

 

 

さて、前編の最後に触れた「幸せになる順番」について触れておきます。

 

著者の樺沢紫苑さんは、「幸せ」について、それはそれは、超シンプルに答えています。

 

有史以来、多くの人が頭を悩ませてきた「幸福とは何か」の問いに、

 

本書ではたった10秒で答えを出してしまいましょう。

 

ドーパミン、セロトニン、オキシトシンが十分に分泌されている状態で、

 

私たちは「幸福」を感じる。

 

つまり、脳内で幸福物質が出た状態が幸せであり、

 

幸福物質を出す条件というのが「幸せになる方法」であると言えます。

 

 

 

詳しく見てみると、100種類以上の物質が出ているそうですが、

 

特に以下の3種類「ドーパミン」、「セロトニン」、「オキシトシン」を3大幸福物質として、取り上げています。

 

 

そして、この3つの物質の特徴もあえてシンプルに説明しています。

 

ドーパミン・・・「お金、成功」

 

=『「モチベーション」「やる気」の源。「地位・名誉」「成功」「目標達成」「学び」そして「ゲーム」など』

 

セロトニン・・・「健康」

 

=『心と体が健康で、「体調がいい」「気分がいい」という状態。朝の散歩や運動後の爽やかさなど』

 

オキシトシン・・・「つながり」

 

=『「安心」「やすらぎ」「ゆったりとしたリラックス」など、他者との交流、関係によって生まれる』

 

 

 

ただ、ここで少し気を付けたいことは、

 

ドーパミン的幸福は、「持続性がなく、際限がない」という点です。

 

それはまるで、『千と千尋の神隠し』の「顔なし」のように、「もっと、もっと」と、求め続けるということが起こります。

 

 

小さい頃から私も「小さな目標を立てて➔がんばって➔達成できたら➔ほめられる」

 

これをずっと繰り返してきました。

 

「できることを増やせば、自信がつく」➔「自信がつけば、幸せになる」

 

と信じて、「もっと、もっと」と求め続けてきました。

 

そこには間違いなく、幸せや成長はあったと思います。

 

でも、いつまでたっても心は満たされませんでした。

 

いくら「できること」を増やし「他者から認められ」、ドーパミン的幸福を味わっても、

 

本当の自信や幸せは感じられませんでした。

 

 

 

その理由は、大人になった今、脳科学的にも、ようやく分かった気がします。

 

 

 

きっと、人間としての「土台」=自己肯定感の低さも大いに関係しているでしょう。

 

いくら他人から認められても、「自分で自分のことを受け入れていない状態」では、

 

やはり、「心からの自信」も「幸せ」も味わえなかったということ。

 

また、どこか遠くにあって、成功や達成した後に味わえるドーパミン的幸福ばかりを追い求めていたので、

 

「今ここにある」、セロトニン的・オキシトシン的幸福を味わえなかったということ。

 

 

 

そのことを、樺沢紫苑さんは、「幸せには優先順位がある」として、次のように述べています。

 

セロトニン的幸福➔オキシトシン的幸福➔ドーパミン的幸福の順番。

 

ドーパミン的幸福は、一番最後です。

 

この順番を間違えると、幸福になるどころか、

 

むしろ思いっきり不幸になる可能性もありますし、

 

私はそうなった人を山ほど見ています。

 

 

 

休日、コーチングを通して、先生と深くつながり、家族で川でゆったりと食事をしながら過ごした時間は、

 

きっと、私にとって「つながりと癒しのひと時」(=セロトニン的幸福&オキシトシン的幸福)だったのでしょう。

 

 

 

※日本の教育の「小さなことでも、できたことをほめる」というアプローチは、もしかしたら、少し見直してもいいのかもしれませんね。

 

 



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こんにちは

元小学校教師の中楯浩太です。(※中楯浩太のプロフィールは、こちらです!



あなたが、必ずやるって決めていることは、ありますか?

 

そんな強い決心じゃなくても、気付けば習慣になって、やらないとなんだか、居心地が悪くなっちゃうようなこととか?

 

私は、間違いなく「耳かき」ですかね。

 

 

 

「パパの耳かきは危なすぎる!」

 

と5才の娘が、母親の真似をして、よく私にツッコミを入れます(笑)

 

自覚はないんですが、どうやら棒の先っぽを持ち過ぎなんだとか??

 

えっ、そういうものなんですか?耳かきって・・・。

 

まあ、言われてみれば、誰にも教わった記憶ないしなぁ~なんて思いながら、今日も耳かき楽しんでます。

 

こういう話をすると、必ず集まりの中の数人は、「わかるぅ~」と乗ってきてくれる人がいて、

 

「どんな耳かき使ってますか?」なんて聞き合ったりして、地味に分かり合えるんです。

 

 

さて、あといくつか、私にはルーティーンがありまして・・・

 

それが、【心のノート】という「文科省から配布された道徳のノート」・・・だとしたら、チョット引いてしまいますよね。(笑)

 

・・・じゃなくて、【心のノート】というスマホアプリで、「その日の自分の感情」を見つめ直して、振り返って記録をつけるんです。

 

 

まず、いくつかの感情のキーワードの中から、その日、一番強い気持ちを選びます。

 

そして、3つの問いについてリフレクションします。

 

「1.何があったのですか?」

 

「2.その気持ちになったのはなぜですか?」

 

そして、次は、選んだ感情によって、問いの言葉が変わってきます。

 

例えば、「嬉しい」を選んだ時には、

 

「3.喜びをだれと共有したいですか?」

 

「悲しい」を選んだ時には、

 

「3.明日できる楽しみなことは?」と。

 

 

 

ある日、私は「幸せ」の感情を選びました。

 

 

その日は朝から、快晴で、よそ風が心地よい、爽やかな一日でした。

 

そんなすがすがしい午前、自宅である男性の先生のコーチングをしました。

 

3ヵ月前は、ストレスで今にも精神的にダウンしてしまいそうな状況でした。

 

毎日、終電帰りも珍しくない、と言うほど過酷な労働環境です。

 

 

話を丁寧に聴けば聴くほど、(もうこれ以上がんばらないでほしい)という苦しい気持ちになりました。

 

ただ、それでもセッションを重ねていくうちに、少しずつ変化が見られ、その日は、これまでと明らかに様子が違いました。

 

あまりにも苦しい胸の内を吐き出し、語り続けるうちに、だんだんと自分の今の気持ちに気付き始めたのです。

 

「将来は、校長になって、しっかりとリーダーシップを発揮したい。

 

子どもたちの個別最適化や先生たちが得意なことをもっと発揮できるような

 

自由な学校運営をしたい」と生き生きとビジョンを語り出しました

 

「今以上に、もっと学校を地域に開いて、地域の人がどんどん学校に入って、授業を一緒につくれるようにしたい!」と。

 

そして、自分の働き方にも気付きが生まれます。

 

「今の自分は、ただやらされることをこなすだけで、全く自分らしさが出せていなかった。」

 

「でも、昨日の仕事は、とても楽しかった。

 

自分に役割を任されたので、自分の責任で自由にできたからなんでしょうね。」

 

「やっぱり、自分らしさが大切なんですね」

 

最後は笑顔でセッションを終えました。

 

 

 

さて、その日の午後は、川で涼みながら、家族団らんでお弁当を食べることにしました。

 

 

川の気持ちよさはもちろん、木陰で涼みながら食べるお弁当=大好きなおそばが、美味しいのなんのって。

 

 

 

さてさて、こんな一日を【心のノート】でリフレクションすると

 

迷うことなく「幸せ」を選びます。

 

本当にいい一日だったなぁ~と。

 

 

と、ここで終わってしまうと、ただの日記になってしまう💦。

 

 

 

ここで、話題にしたいのが、「幸せ」の中身。

 

 

今日一日過ごしてきて、「どうして私は幸せを感じたんだろう?」ということです。

 

でも、幸せに説明なんかいらない!

 

「幸せを感じた」以上!これでいいじゃないの?

 

という声も聞こえてきますが、やっぱりどうしても気になるんです。

 

 

 

だって、「幸せには順番がある!」な~んて、下の本で読んだものですから。

 

 

では、詳しい中身は「後編」でお伝えしますね。

 

 

※一日をどう終えるかということは、「幸せ」にとって、とても大切だそうです。「ピークエンドの法則」といって、寝る前の感情が、その日一日の印象を決めるそうです。その点、この【心のノート】でのリフレクションは、おススメですよ。

 

 

 


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こんにちは

元小学校教師の中楯浩太です。(※中楯浩太のプロフィールは、こちらです!



先日、ある一部の人たちにとっては、「衝撃的」なニュースが飛び込んできましたね。

 

「教員免許更新制度廃止へ」

 

教師の皆さんは、どんな思いで受け止めましたか?

 

また、教師ではないみなさんは、どんな思いですか?

 

 

 

忘れもしません、今年の1月1日、朝6時、私は机に向かっていました。

 

10年ぶりに、2週目が回ってきた教員免許更新のためです。

 

オンラインで、とある大学の映像を視聴するタイプの研修です。

 

 

 

そもそも、私は免許を更新するつもりはありませんでした。

 

教職を離れるつもりだったこと

 

手続きがあまりにも煩雑で、私の手には負えないこと

 

受講料がもったいなかったこと

 

そしてなにより、あまりにも意味のない制度だと心の底から思っていたからです。




ただ、多くの親切な仲間と管理職の先生たちが、

 

「もし、これからまた教師の道に戻るときには、免許は残しておいた方がいいんじゃない?」

 

とか、

 

「あっても、損することはないからね、念のためだよ。」

 

などと温かい声をかけてくれました。

 

 

締切期限は、もうあと数日のところまできていました。

 

それでも更新しようとしない私に対して、

 

「じゃあ、分かった。私たちが全部手続きは済ませてあげるから!一番単位を取りやすい大学も選んでおいたから」

 

と、数人がかりで何から何までお手伝いしてくれた、それはそれはありがたい仲間たちの支えがありました。

 

 

 

さすがに、ここまでしてもらって、やらない選択肢はありません。

 

何とかかんとか無事、免許を更新して・・・

 

退職することになったのです。

 

持つべきものは、「免許」なんかではなく「友」だなぁ、としみじみ嬉しくなります。

 

 

 

そして、ここに来ての「免許更新制度廃止」の動き。

 

「えっ~、自分がこんなに苦労したのは何だったの~?」

 

とは一切思いません。

 

「どんなことであっても、やったことはすべて経験となり、すべては幸せにつながる」

 

という考えで生きているからです。

 

それよりもむしろ、日々ひたむきに子どもたちと向き合う先生たちに「なくなってよかったですね」と心から思います。




さて、この流れであなたにお聞きします。

あなたは、「勉強」が好きですか?

 

 

では、こう聞かれたらどうですか?

あなたは、「学び」が好きですか?

 

 

「えっ、おなじでしょ?」

 

「何が違うの?」

 

と思われるかもしれませんね。

 

私の中では、明らかに違うんです。

 

違うといっても、2項対立ではありません。

 

人の「育ち」の中に「学び」があって、

 

その中に「教育」があって、

 

その一部に「勉強」があるようなイメージです。

 

 

元教師の立場でいうのもなんですが💦

 

私は、「学校の勉強」は、実は好きではありませんでした。

 

でも、「学ぶこと」は小さい頃から、今でもず~っと大好きです。

 

 

一昨日は、「自己肯定感認定ファシリテーター」の講座で学びました。

 

昨日は、「リフレクション講座」で学びました。

 

今日は、「非認知能力」のグループ対話で学びました。

 

明日は、「個が育つ組織開発」について学びます。

 

明々後日は、「コーチング」を受けてきます。

 

本当に「学ぶこと」が大好きなんです。

 

 

よく、「学ぶ」ことで世界が広がると言いますが、

 

私の場合はちょっと違う感覚で、

 

広がるのは「世界」ではなくて、むしろ「私」の方で、

 

「自分が広がって、世界が近づく」感覚です。

 

この感覚がたまらなく大好きなんでしょ~ね。

 

きっと間違いなく、脳内物質がたくさん放出されているはずです。

 

そこで、調べてみると、樺沢紫苑さんの『THE THREE HAPPINESS 精神科医が見つけた3つの幸福』に、幸福心理学のミハイ・チクセントミハイ教授の概念を引用して、次のように書いてありました。

 

彼の本を読むと、「フロー体験こそが幸福である」と、きっぱり言い切っています。

 

没入できる時間をもつことが幸福である。(略)

 

つまり、「仕事」か「遊び」かが重要ではなく、「没入」できれば、「仕事」でも、「遊び」でも、私たちは幸せになれるのです。

 

フローの状態では、ドーパミン、オキシトシン、エンドルフィン、ノルアドレナリン、アナンダミドーこの5つの脳内物質が分泌しているそうです。

 

やはり、出ていました!

 

脳内物質🤣

 

 

 

では、どうして学校の「勉強」は好きではなかったのかなぁ?

 

 

と考えてみると、いくつか思い当たる節が・・・

 

・「やりたい」とは思えていなかったから

 

・「やる意味」が分からなかったから

 

・「やらされている」感覚がしたから

 

・「やらなければ大変なことになる」という変な不安があったから

 

・「できる―できない」で評価されるから

 

・「評価」されたことを「人と比べ(られ)てしまう」から

 

・そして「人よりできず」苦手意識をもっていたから

 

・「できないこと」で大人から叱られるから

 

・「できないこと」ばかりに注目されて、「できる」ようにさせられるから

 

・ぜ~んぶひっくるめて「楽しくなかった」から

 

 

 

あなたは、どうですか?

 

「学校の勉強」が苦手だった人は、同じような気持ちかもしれませんし、

 

「学校の勉強」が得意だった人は、全く共感できないかもしれませんね。

 

 

でも、このことは私にとって、とても大切な経験なんです。

 

それは、私は、決していい教師などではありませんでしたが、

 

でも気付くと、上の自分が感じていた学校教育と反対の教育をしようと心がけていたように思うからです。

 

 

どうやら、ポイントは「没入・夢中」(=フロー)にありそうですね。

 

私が「学ぶ」ことが楽しくて大好きなように、

 

子どもたちにも、「学ぶ」こをと大好きなままでいてほしい。

 

 

幼稚園児で「夢中」になって、「遊ぶ」なかで、あらゆることを自然と「学んでいた」あの感覚を

 

いつまでも大切にしてほしいなぁ。

 

学校に入ると、気付けば「学び」がどこかに行ってしまって、「勉強」ぎらいになって卒業・・・

 

ということがないように、私にできることを全力でやっていきたいなと思っています。

 

「子どもを支える先生を支えたい!」

 

この一心です。

 

「学び」についても、これからもどんどん発信していきます。

 

 

 

※「免許更新制度」が廃止されたら、その時間を使って、あなたは、どんなことに「夢中」になりたいですか?






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こんにちは

元小学校教師の中楯浩太です。



前回の『ただごとではない!?鳴り響く電話の音・・・』の続編です。



異動を機に、心身のバランスを崩してしまう公立の先生はとても多いんです。

 

もしかしたら、一般の方は

 

「えっ!小学校から小学校への異動でしょ?」

 

「しかも、仕事内容は同じじゃないの?」

 

「都道府県が変わるわけでもないのに?」

 

と意外に思われるかもしれませんね。

 

確かにそうなんですよ。

 

全く別の畑への出向などもある一般企業の方からすると、驚きかもしれませんね。

 

 


でも、事実として、先生たちの異動は、「ところ変われば品変わる」

 

というくらい、(ここまで違うものかぁ~)という感覚があって、それに慣れるのに結構時間がかかります。

 




さて、「職員室から離れて、休み時間はしっかり休む」ことを小さな目標にした彼。

 

小さな変化が表れ始めました。

 

 

 

ある日、彼よりも若手の先生から

 

「ぼくもうダメです・・・一緒に休憩しませんか?」

 

と声がかかったのです。

 

そして、別室に移動して、ゆっくり気分転換しながら、

 

雑談を楽しんだのだそうです。

 

途中、「〇〇先生は、どうして先生になってんですか?」なんて言う、話題で盛にもなって。

 

職員室では、なかなか話題には上らないようなテーマですが、

 

今の現場では、こういう何気ない話や互いの価値観を知るような会話って、本当に大切だと思っています。

 

事務連絡のやりとりを100回繰り返しても、きっとこういう関係は築けないと思うからです。

 

こうして、まだ異動して間もない先生同士の心の距離が、少しずつ近づくことになったのです。

 

 

さて、彼は同時に、新しい挑戦にも踏み出していました。

 

それは、新しい職場では、ほとんど実践されていなかった、

 

子ども同士の対話によって、「生成的な学び」が生み出されるような授業展開への挑戦です。

 

とにかく、「対話」を大切にしたいと。

 

 

ところで、「生成的な学び」って聞いたことありますか?

 

”対話によって、新しい意味が生まれる”ような学びのことで、

 

”すでにそこにある知識の体系を身に付ける”ような学びとは違います。

 



はじめに取り組んだ道徳では・・・見事大失敗だったようです。

 

対話も生まれず、授業も深まらず・・・

 

管理職からも「あれは、道徳じゃないね」とも。

 

 

 

 

しかし!

実は、この大失敗が、むしろ大成功であることに、私は気付いていました。

 

それは、「失敗は成功のもと」というような単純な話でも、

 

「挑戦したことに価値がある」というような話でもありません。

 

この大失敗と思われる授業を通して、職員室で先輩から、「(挑戦的で)いいね!」と声をかけてもらったり、

 

「挑戦とか失敗は若いうちにね」と言ってもらえたりしたことが、決定的に価値がありました。

 

つまり、彼の挑戦をきっかけにして、職員室で、事務連絡ではなく、気軽に「授業の話」ができるようになったからなのです。

 

「職員室で授業や子どもの学ぶ姿について、もっと語り合いたい」という彼の裏の目的が、達成された瞬間でした。

 

ちなみに、「多少は落ち込んでもいるんですけどね」と、彼は言っていましたが(笑)。

 

心の底では、笑っていたのではないでしょうか?

 

 

そんな彼の挑戦は、まだまだ続きます。

 

 

次は、社会科で「探求的な授業展開」を試みました。

 

 

知識を切り売りして、分かりやすく覚えさせるような展開ではありません。

 

大きな問いをもとに、子どもたちが、チームで対話を重ねながら、探求を深める展開です。

 

もちろん、授業としては、うまくいったことも、いかなかったこともあったそうですが、

 

それ以上に、同僚に積極的に公開して、「生成的な学びと子どもの姿」を見てもらいました。

 

実践をもとに、先生たちが語り合う土壌が、だんだんと耕やされてきたのだそうです。

 

 

 

 

 

そこで、いいよ研究授業当日を迎えたのです。

 

授業は理科の「めだか」の学習

 

 

やはりここでも「生成的な学び」が生まれるように工夫して臨みました。

 

参観する先生方の中には、

 

「こういう子どもの発想を生かした授業って、いいねぇ」とか、

 

講師の先生からは、

 

「これからは、こういう授業が必要になってきます」と肯定的なコメントをもらえたり、

 

校長先生からは、

 

「こういう授業はありだね。これからは、うちの学校でもこういう授業をベースに進めていけるといいかもね」と

 

後押ししてもらえたそうなのです。

 

 

 

それは、興奮気味な電話にもなりますよね。

 

異動で苦しんできた彼の葛藤と挑戦があってこその、この授業だったのです。

 

数か月前からのいきさつを知り、ともに歩んできた私たちにとって、この上ない喜びの時間でした。

 

ただ、ここでの彼の喜びを正確にお伝えすると・・・

 

「授業がうまくいって、多くの人に褒めて認めてもらえた!」

 

ということよりも

 

「同僚の中に、子どもの発想を生かす授業展開に賛同してくれる声があった」

 

ことなのだそうです。


大切にしたい「生成的な学び」について、共感してもらえたこと

 

職場の「関係性の質」が徐々に高まってきている実感

 

きっと、彼の希望となって、先生としての成長を後押ししてくれるのだと思います。

 

 

 

彼は最後に、

 

 

「ただ、これだけのことなんですけどね。

 

でも、どうしても中楯さんに聞いてもらいたくて!

 

本当にありがとうございました」と

 

ホッとしたように、電話を切りました。

 

 

 

私にとって、これからも、引き続きコーチングで先生たちを支えていく希望になりました。

 

 

 

※「ぼくもうダメです・・・」と声をかけてくれた後輩は、

 

きっと今頃、彼とのあたたかなつながりによって、安心した職場生活を送れてるんじゃないかなって、ポジティブに想像してます。

 

 


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