※2020年3月12日訪問※
大手門の隣には坂元要害の【板倉】が残されています
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板倉は、仙台藩主伊達家一門の大條(おおえだ)家ゆかりの建物で、藩政期の伊達家領内に残る数少ない貴重な建造物である。
この建物は戊辰戦争の際に武器庫として使われたという伝承があるものの、屋根などに大規模な改修が加えられていることなどから、創建時の状態や建築年代などは不明である。
また、板倉が蓑首城(みのくびじょう)三の丸の登城路に位置する事から、幕末にはこの地に所在していたのか、明治期以降に移築されたのか、史実を明らかにする資料は確認されていない。
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戊辰戦争の際の武器庫として使用されたという伝承がある一方で、かつての登城路に建てられているという現状
推測するに、坂元要害内の別の場所で武器庫として使われた建物が、坂元要害廃城後の明治期に今の場所に移築されたのではないかとも考えられますね
◆陸奥国・坂元要害(簑首城) 茶室/山元町指定史跡◆に続く