宿到着後、身体も雨に濡れていたので、早速お風呂に入らせて貰った。
前回まではこちら。
風呂から上がった後、晩御飯までBGMに落語を流しながらゴロゴロする。
そして晩御飯。
宿での食事の際、お遍路さん同士の情報交換みたいのが普通あるのだが、こちらの宿は席割が結構ハッキリしていて、みなさん無言で食事をしていた。
飲んでいたのも、ぼくだけだった。
宿の女将さんが近くにいたので、少し話をする。
卯之町を是非歩いて欲しいと言われる。
ついでに卯之町の観光マップをいただく。
明日の卯之町から神戸三ノ宮に向かうバスが、0851の出発。
翌朝早目に宿を出て、卯之町を徘徊する事にした。
2200就寝。
夜遅くまで、スナックのカラオケがうるさかった。
女将さんにその話をしたら、コロナ以降閉店したお店が多く、そこに地元ではない方々が出店してきて、地域性というのを無視した営業をしているらしい。
0600起床。
0700朝食。
0755頃出発。
宿代は、2食とビール大瓶2本で8,200円だったかな。
先ず、予讃線の卯之町駅へ向かう。
昨日宿泊した、まつちや旅館さんからは徒歩5分もかからない距離。
駅で記念に切符を購入する。
駅方面から見た、まつちや旅館さん。
とりあえず昨日いただいた観光マップで見ていた、宇和米博物館へ向かう。
米博物館は旧宇和町小学校で、109mの長い廊下で有名。
宿の女将は、この旧宇和町小学校の卒業だと言っていた。
現在の宇和町小学校前を通って
少し坂を上ると、宇和米博物館(旧宇和町小学校)
閉館となっているのだが、扉が開いていたので、中を少しだけ覗かせていただいた。
凄い長い廊下。
ここでぞうきんがけレースが開催されるそうな。
磨かれた廊下。
間違いなく筋肉痛になる。
長い廊下部分は、かつての教室だったところ。
一段高いところに、講堂がある。
講堂の奥の建物は、現在カフェとして営業しているらしい。
ここから卯之町の町を見渡す。
現宇和町小学校が見える。
現在時刻は0810ぐらい。
バスの発車時刻0851までの約30分、卯之町の町を徘徊する。
昨日降っていた雨も上がり、徘徊するのには丁度良い。
全然話は変わるが、これを記録している時、お遍路で旅をした中村や江川崎が40℃超え。
この時期、夏場歩いている方はご注意を。
閑話休題。
古い町並みを歩く。
この辺りは、卯之町の町並み・旧宇和島街道・重要伝統的建造物群保存地区になっており、古くて趣きのある建造物が並んでいる。
時代が止まったかのよう。
電線が邪魔。
重要文化財の開明学校。
隣にある申義堂。
この辺の蘊蓄は、いただいた地図によるものなので、内容の薄さや間違いについてはご容赦願いたい。
この開明学校の区域は少し上り坂になっていて、上ってきた道を振り返る。
雨に濡れた石畳が良い感じ。
煉瓦塀。
煉瓦塀は大正時代のもの。
著名人が宿泊した旅館。
暗殺された首相が、2人並んでいるのが興味深い。
今度は別の路地。
この路地には、高野長英の隠れ家がある。
高野長英と言えば蛮社の獄。
こうやって眺めると、不慮の死を遂げた方が沢山いらっしゃる。
幕末から太平洋戦争前は、そういう時代だったんだなと実感する。
ちなみに戦後ではあるが、浅沼稲次郎も暗殺された。
いただいた地図には、『運が良ければネコにあえるかも』と書いてあり、運が良いのかネコにあえた。
というか、ネコにはしょっちゅうあえた・・・。
徘徊しているとキリがない。
時間も無くなってきたのでバス停へ急ぐ。
急ぐと言っても、足がとても痛いので、ヨチヨチ歩きでバス停へ向かう。
足の状態は非常に悪く、昨日明石寺到着で燃え尽きた感じ。
最終的に爪は、こんな感じになった。
右足は、お遍路が終わって2週間も経たないうちに剥がれた。
当然、新しい爪は生えて無かった。
暫く剥がれた爪を上に被せ、プロテクター代わりににし、絆創膏で固定して凌いだ。
左足は、お遍路から2ヶ月程度経過して剥がれた。
唯、新しい爪は5㎜程度しか生えて無かったので、こちらも剥がれた爪をプロテクター代わりにした。
今(8/4現在)は、爪も大分伸びた。
少し安心。
閑話休題。
バスが来た。
ここからは、往路と一緒。
神戸三ノ宮へ向かう。
4回目の区切り打ちは、この卯之町がスタートとなる。


















