いわゆる「集団ストーカー」と呼ばれる被害体験と、旧東ドイツの秘密警察シュタージが公式に用いていた心理破壊工作「ツェルゼッツンク(Zersetzung)」との間に、非常によく似た点があると指摘する内容である。
ツェルゼッツンクとは、反体制派などを逮捕や処刑といった直接的手段に頼らず、精神的に追い込み、社会的に孤立させて無力化するために国家レベルで体系化された心理戦の手法であった。これは後に公文書の公開によって、その実態が歴史的事実として明らかになっている。
指摘する最大の共通点の一つは、「ガスライティング」と呼ばれる現実感覚の操作である。シュタージは、留守中に家具をわずかに動かす、日用品を別のものに替えるなど、第三者には取るに足らないが、本人には強い違和感を与える行為を繰り返したとされる。集団ストーカーを訴える人々も、持ち物が動いている、生活環境が不自然に変わると感じる点を共通して語っており、これが類似しているとされている。
次に、人間関係を破壊して孤立させる点が挙げられる。ツェルゼッツンクでは、職場や家庭、友人関係に偽情報を流し、信頼関係を断ち切る工作が行われた。集団ストーカーの訴えでも、周囲の人々が自分について悪い噂を流している、敵対しているように感じるという体験が語られることが多い。
さらに、「常に見られている」と感じさせる監視の演出も共通点とされる。シュタージは尾行や盗聴をあえて分かる形で行い、恐怖と萎縮を与えた。集団ストーカーの体験談でも、特定の行動や物事に意味を感じ取ってしまい、強い心理的圧迫を受けるという話が出てくる。
最後に、公的機関や専門家に訴えても否定されやすい構造が挙げられている。ツェルゼッツンクでは、警察や医師が協力者である場合もあり、被害者が精神疾患と診断され社会的信用を失うことが目的とされた。一方、集団ストーカーの訴えも内容が理解されにくいため、精神的問題として扱われやすく、孤立が深まると指摘されている。
結論は、シュタージの心理戦が実在した歴史的事実である以上、人間の精神を追い込む手法には一定の「型」が存在し、現在語られている体験談がそれと似た構造を持っている点は、心理操作の恐ろしさを考える材料になる、という問題提起である。