あわーくふかーく何処までも透明に。黒く白い秘密を -9ページ目

編集を通り越して、削除した鬣。



急ですけど、節分って、大切らしい。

それを聞いてからというもの、豆撒かないと気が済まなくなっています。

ちょっとタイムリーさのない時期になっちゃいましたけど。


しかし今年はフライング。
うっかり2月2日にひとり豆を撒き、歳の数だけの豆も平らげ、達成感を味わっていると、
0時過ぎたあたりからツイッターで節分ツイートが盛んに。
。。。

やりましたけどね、もう一度。




でもあれってみなさん豆を撒いたあと拾いにいく。でだいじょうぶなのでしょうかー。


わたしもこそこそ拾いに行きましたけど、結構怪しくて。
夜中にひとり、道にしゃがんで豆を拾っているひと。

みんながそうならそれでいいのだけど。

放っておいたら鳩が食べに来るのでは?
とか思うけれど、まわりに豆撒かれていないし。
時代がそうさせるのでしょうか。

何これ。



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収集がつかなくなったので、写真載せます。


ふわっとして、くしゅっとして、とろっとして、かりっとした、しあわせがそこに詰まっていました。


こういうしあわせの感じ方って、わたしなかなか出会わないかもしれない。


いらないことに気を取られて、余計な感情を感じるくらいなら、ケーキを食べてしあわせを感じよう。

いとしさはいつだってせっかちなものさ


ひさしぶりになってしまったブログ。


いまこのタイミングで書くと濃い、ひかれる濃さ出してしまいそうなのでさらっと組み込みます。

さらっと組み込める感動ではないけどね!
そういうさりげなさ、持ち合わせているよ。←既にさりげなくない。



ここ最近のわたし。

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会社の新年会で改めてLilianへのあいを膨らましたり。

わたし、埋もれるのはすきじゃないですから。




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はじめての生もみじに感心したり。




これからは、トーストにはバター+ブルーベリージャムだということに気付いたり。

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間に合った奇跡に浸ったり。

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祝!!!

わたしの魔法はまだまだ溶けていませんので。





鏡開き、し損ねていたり。

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そんな日々を過ごしています。

仕様がないこともあるかもしれないけれど、
仕様がなくないこともある。

紙一重なのかもしれない。
でもそれを、どちら側にするかはわたし次第なのかもしれない。

何にしても、今よりよくするために。






表紙の葡萄といま思うこと。


いま、吉本ばななのアムリタを読んでいて、やっとわかったことがある。

きっとわたしが嫉妬みたいな感情を抱くのは、それをとても羨ましく思うから。
羨ましくて、嫉妬してしまう程、素敵だから。

だけど、それを認めたくなかったり。
だけど、素敵だから、羨ましい。

ということは、わたしはそれをとてもすきだということ。ですよね、きっと。


そう思ったらちょっとすっきりした。

認めたくなかったり。は、まだあるのだろうけれど。


すきなんだ、わたし。そっかぁ。



ぜんぶ、ぜんぶ、すきになることからはじめられたらいい。
ぜんぶぜんぶ、受け入れること前提でいろんなことをみたらいい。

なかなか、難しいけれど。

なるほど。


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