イタリア本土上陸
1943年8月17日、ドイツ・イタリア軍(以下枢軸軍)は、シチリア島より無事撤退した。
撤退できたのは、ドイツ軍4万人・イタリア軍6万人だった。
シチリアで捨て駒に使われたイタリア第6軍は壊滅したが、リヴォルノ師団やナポリ師団などの主力は撤退できた。
一方、ドイツ軍は派遣した戦力をほとんど失うことなく撤退できた

9月3日、米英軍はシチリア島最北端の港町メッシナからイタリア本土に上陸を開始した。
主力のアメリカ第5軍が、イタリア南部の主要都市ナポリの南にあるサレルノへ上陸。
これを陽動する目的でタラントへアメリカ第1空挺師団・バリへアメリカ第76師団・イタリア本土最南端のレジオ・ディ・カラブリアへイギリス第8軍が上陸した。
これに対し、ケッセルリンク率いるドイツ第10軍(イタリア本土防衛のための戦力)は、最南端のレジオ・ディ・カラブリアに第29装甲擲弾兵師団・最南端とサレルノとの中間点に第26装甲師団(予備)・サレルノの防衛に第16・76装甲軍団とHG師団・グスタフライン手前には第15装甲擲弾兵師団を配置。
イタリア軍は各地に分散して配置され、上空直援には第10航空軍団がついていた。
イタリア本土決戦が始まった