総攻撃
43年7月4日、おじさんは中央軍集団と南方軍集団に攻撃命令を出した。
『みんな、総力を挙げて攻撃だべ
』おじさんはこの作戦に全てを賭けていた。
この方面にドイツ軍東部戦線戦力の30%と装甲戦力の70%に当たる戦車と突撃砲3000輛及び航空機1800機を投入したのである。
対するソ連軍は全戦力の40%と装甲戦力のほぼ全てをブチ当ててきた。
事前に仕掛けた地雷は40万個。
対戦車砲は6000門をさらに揃えていた。
おかしいんじゃない?
皆さんは少しおかしいと思いませんでしたか?
『何でソ連軍が事前に地雷仕掛けたり対戦車砲揃えてんの?』と、
実はこの作戦、ソ連軍には事前に情報が漏れていたのです…
ソ連軍の情報網
ソ連は他の連合国軍と同じく、『情報』を非常に重視していた。
のちの『KGB』など、ソ連には優秀な諜報機関が生まれたが、この当時の情報収集にはスパイ活動の他、ソ連には必殺技があった。
『ドイツ軍将校の誘拐』である。
現在、誘拐は共産主義国の必殺技だが、その原点はソ連軍にあった。