北アフリカ戦線
前回の『ムッソ君の火遊び』のせいで、ドイツは北アフリカにまで戦力を出すことになった

バルカン半島は、イギリスもそれほど重要視していなかった為、あっと言う間に駆逐できた

だが、これによって、後のバルバロッサ作戦が一ヶ月遅くなった。
実際、この一ヶ月が後のドイツに致命的な失敗をもたらすのだが…
先に結論を言っておくと、北アフリカでのドイツ軍の本来の目的は、『使えねーイタ公が負けて、イギリスがイタリア本国に攻め込んでくるのを阻止』すればよかった。
だが、ドイツ最強の戦術家『砂漠の狐』こと、エルウィン・ロンメル大将の余計な活躍により、その死期が早まった。
この戦線では、ロンメルの神懸かりな戦術のすばらしさと、戦略と補給を無視するとどうなるかのよい教訓になると思われる。
北アフリカ上陸
1941年初頭、イギリスの攻撃を受けているリビアにロンメル率いる北アフリカ軍団(以下DAK)は装甲師団1と軽装甲師団1が上陸した。
この乏しい戦力が、ドイツが今、送れる精一杯の戦力だった

現地ではアホのイタ公が遊んでいた

司令官もやる気がなかった…
このような状態から、DAKは怒濤の進撃をみせるのだった
