邪魔なポーランド
1939年、ドイツはポーランドにダンツィヒの返還を求めた

無論、拒否されることは分かりきっていたが。
ベルサイユ条約により、ドイツは二つに分断されていた

ドイツ発祥の地、東プロイセンがダンツィヒなどポーランド回廊により飛び地になっていた。
『てめー邪魔なんだよ、植民地のくせに』
ドイツは高圧的にポーランドに迫る。
ポーランドはこれに対し、英仏に支援を要請すると共に、あわただしく戦争準備に入った。
ポーランドは歴史的に絶えず外国からの侵略に泣いていた

西にドイツ・東にロシア・南にオーストリアと、強国に囲まれており、19世紀には列強に分割されてしまっていた

『やっと復活できたんだ、ぜってー渡さねえ』
とポーランドは伝統的な騎兵を中心とした戦力で待ちかまえた。
一方、ドイツは戦争開始に当たり、仲間を探していた

1935年のスペイン内戦で助けてやったスペインとイタリアで天下取ったムッソリーニ・世界の嫌われ者『真っ赤な国』ソ連・そして東洋の覇者大日本帝国である。
これらの国は皆嫌われていた

嫌われ者同士、同盟を組んだ。
日独伊三国軍事同盟と独ソ不可侵条約である。
1938年にこれらが次々に成立