病室に入ると元々小さくて細い母はさらに小さく、干からびたようにシワシワだった。

扉をあけるなり旦那が「お母さん!」と子どものように泣いた。


「何泣いとる?あんたは泣き虫やな」と言った。


母はもう自分で体を動かすこともできなかった。

「そっち向かせて」と言うので介護士の旦那と私は2人で体位交換した。体がとても熱かった。


そして旦那から「お母さん。結婚決めましたんで!」と報告した。


母は頷きながらくちびるをぎゅっと噛むと、「良かった。これでやっと死ねる。それだけが心残りやった」と言って少し泣いた。


脱水と痛みでほとんど眠れず、せん妄のような症状も出ていたが旦那の姉を手招きして呼ぶと小さい声で「お家に帰りたい」と言った。


担当の看護師も何度も聞いていたらしく、父に話をしたが父が納得しないらしい。

姉に家に連れて帰れないか交渉していた。


病院では交渉決裂し、4人で家へ向かった。

家に向かう車の中でなぜ父がそこまで拒否するのか探ってみた。


理由は本人と子どもたちには迷惑をかけないようにしようと言う約束をした。

もし、家に連れて帰ったら子どもたちが仕事を休んで、自分たちの生活を止めて来ることになってしまう。

お父さん1人では自信がない。

介護保険を申請したばかりで、先生はあと数週間しかもたないと言っていた。

整えている間に尽きてしまうかもしれない。

などだった。


義姉も旦那もそんな事より母の希望を叶えたかったので父を説得していたが状況は変わらない。


私は何度もターミナルの場に立ち会っている。だから正直母はもう迷っている時間がない事は見てすぐにわかっていた。


私はまだ嫁でもないし完全な部外者ではあるが、あの姿をみたら私も義姉と旦那同様に母の最後になるかもしれない願いを何とか叶えてあげたかった。


介護保険は申請中でもすぐに適用できる事を伝えた。

介護保険を使えばどんなサービスが受けられるか。父の負担が最小限に抑えられることも必死で伝えた。


父が言った。

「人生の最期を迎える人はどんな気持ちなんやろ?家に帰りたいって言うのは本心なんか?」


私は最期を迎える人も認知症などで自分の事が分からなくなってしまった人も、やっぱりお家に帰りたいという願望を持っていると感じる。

お家に帰りたいって口に出して言うのは本心だと思う。

と答えた。


父は母との約束を守りたかったのかもしれない。

でも、それを伝えた瞬間に「よし!わかった。じゃあ連れて帰ろう。明日月曜日だから病院と相談員に言う。このままおばさん(母の実姉)の家に行って連れて帰ると伝えてこよう」と急展開を迎えた。


とりあえず職場への説明もあるので私は直ちに帰宅。旦那は次の日に帰ることになった。