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みなさんこんにちは

酒井根走遊会です。

 

本日は“競技システム・文化の違い -前編-”というテーマでお送りします。

 

この記事を書こうと思ったきっかけは、先日Japan running news に投稿されたMelissa Duncan選手の記事(要約記事はこちらから)

を読んだことに起因します。日本とAUS・NZ、どちらの競技環境も経験したことのある私が日本語でAUS・NZの視点から違いを解説していくと、日本のシステム、AUS・NZのシステムを理解していくことに繋がると思い記事にしたいと思いました。

 

前編目次


1:プロ選手か、アマチュア選手か

2:コーチと選手の関係性

3:学校スポーツとクラブスポーツ

4:競技会と競技人口


後編目次


5:ゴール

6:合宿、そしてレースへ

7:期分け・シーズン

8:リラックスした人々の暮らし

9:社会性とコミュニケーション能力


 

1:プロ選手か、アマチュア選手か

オーストラリア・ニュージーランドの選手はトップレベルの選手でも、フルタイムの仕事をしながら選手として活動していることがほとんどです。ある程度の競技力があれば、スポーツブランドのサポートを受けて競技をすることが可能になりますが、そのほとんどがシューズやランニングギアの支給にとどまり、金銭面でのサポートを受けることはほとんどありません。

例えば、5000m13分30秒以内、1500m3分40秒以内、800m1分47秒以内

こうしたタイムを出している選手であっても、プロ選手として活動できることはほとんどありません。

オーストラリア・ニュージーランドで活躍するトラック競技におけるプロ選手は、オリンピックや世界選手権の標準記録内のパフォーマンスを維持しているごく限られた選手になります。正確な人数はわかりませんが、陸上競技選手だけで国内に10人いたら多い年だと思います。

(マラソンやトレイルを中心に活動する選手では、国際大会レベルに届かない選手であってもプロとして活動している選手もいるが、その活動拠点は欧州やUSとなっている場合がほとんど)

 

オーストラリア・ニュージランドのジュニア選手は、高校卒業後の進路としてアメリカの大学への進学を考える選手が多くいます。その主な理由としては、

1、授業料免除で学位を得られる

2、在学時の結果でスポンサーを得やすい(プロ選手になりやすい)

こういったことが挙げられます。

逆に行かない理由としては、

1、慣れている環境で生活したい

という選手も多く、国内にとどまって世界のトップレベルにまで上り詰める選手もいます。もちろん学業にも力を入れて取り組み将来を見据えて勉強します。(US大学へスカラシップで留学するために必要な走力は大学の陸上競技部のディビジョン、選手を評価するポイント※国の代表経験・タイム・国内でのタイトルなど によって異なるのでどれくらいのタイムで留学できるという明確な基準はありません。)

アメリカへの留学では上記のようなメリットも多くありますが、やはりコーチとの関係性や合わない環境で故障が続く・他大学へ編入、といったデメリットもあることが事実です。

卒業後にプロ選手として活動するか、アマチュア選手として仕事と競技を両立させるか、そしてどちらがより優れた環境であるか優劣を明確にすることは難しいです。

一つ言えることは、どちらの立場に身をおいて活動したとしても、活動のすべての支度“将来の計画・年間計画・目標・生活・資金繰り・その他…”を整えるのは自分自身ということです。

 

”今日は練習を引っ張ってほしいんだけど、6時30分からでいい?”と相談されて、いざ競技場へ。今日はいつもより少し遅いな~と思い理由を聞くと、”学校の体育祭で…”とのこと。練習後には”一日中立ったままで脚が不安だったけど意外と走れてよかったよ!”といった選手が行った練習は1000(2:42)300(40)800(2:24)を3セット。大学卒業後、仕事をしながらでもまだまだ強くなれるという姿は私にいつも勇気をあたえてくれます。

 

2:コーチと選手の関係性

オーストラリア・ニュージーランドの選手は競技会に出場するにあたってアスレティクス・オーストラリア、アスレティクス・ニュージーランドに毎年所属申請をする必要があります。その申請は各地方クラブに登録することによって行います。

多くのジュニア選手のコーチは、“所属クラブのコーチ“となることがほとんどです。

U18世代では種目ごとに特化したコーチの元に、地域の強い選手が集まる傾向があります。

U20世代になると大学に進学することもあり、別地域のコーチにコーチングを頼んだり、リモートでもジュニア期からコーチングを受けているコーチを頼ったりしています。

シニア世代になると更に様々になり、ジュニア期から変わらずのコーチ、アメリカ留学時のコーチに依頼、世界的に有名なコーチにリモートでコーチングを受ける、年度目標毎の種目に合わせてコーチングを受けるもしくはセルフコーチングにする、など様々です。

こうした中、各世代、各コーチのコーチングアプローチも様々ですが共通していることは“コーチングは常にアスリート中心であり、コーチ中心ではない”ということです。

(写真:データを取るために一緒に練習することもある。選手はそのデータ・内容の分析を一緒に行いディスカッションする。)

オーストラリア・ニュージーランドでは全ての選手がクラブに所属することを述べましたが、所属する選手の目標・状態・トレーニングアプローチ・実践…これらが同じということはありません。特に夢や目標は選手自身が決めることです。

選手は自分自身のライフスタイルの中で、大きな夢と実現可能な目標に向かって、コーチングを一つの手助けとして受けています。その中で、コーチは選手が最善と思える競技生活をサポートすることが役目になります。そのため、コーチが選手に対して”体重を減らせ”・”食事を減らせ”・”お菓子を食べるな”・”もっと練習しろ”といった管理は特にしません。自己管理は選手の仕事。コーチの仕事は選手のサポートです。

もちろんコーチは、コーチングしている選手が素晴らしい結果を残すことによって、それを誇りに思うことは事実です。しかし常に選手を中心に考えてアドバイスを送ります。そこに“コーチの考えを強要するようなトレーニングや良いコーチだから良い選手になれた。“といったコーチ中心の考えはありません。

選手の結果・コーチの結果、選手のライフスタイル・コーチのライフスタイル、これらは全て切り離されて考えられています。

(フルタイムで働く選手は、仕事の精神的・肉体的ストレスが練習やパフォーマンスに影響を及ぼすことは選手・コーチどちらも理解しています。そうした仕事の状況も含めてトレーニング計画やその日の状態を判断するためにライフスタイルをよく分析するということは行われます。)

代表チームで活動すると、選手はある程度プレッシャーの中で結果を求められることになりますが、”選手は選手のやること”、”コーチはコーチの仕事”を集中して行い、それ以外の場所ではリラックスして過ごす姿が印象的です。ジュニア期からオン・オフをはっきりと区別できることはなかなか簡単にできることではないと私は思います。

  

(写真:海外遠征の際にストライキで電車がなかなか来ないときの様子。選手はリラックスして心配せずに待っています。一度レースとなると気持ちが切り替わり、集中してレースに臨みます。)

(写真:レースが終わればまたいつも通りの日常です。彼はスケボーを楽しんでいました。笑)

 

これらがやや切り離されないで行われる環境もあります。それは“親がコーチで子供が選手“という環境です。

この環境はもちろん非常に良い環境と言えますが、ジュニア期に突出した記録を出した選手の場合、ネガティブな要素も出てきます。それはコーチである親が入れ込みすぎるあまり、成長過程に応じた適切なトレーニングよりも過度のトレーニングを行ってしまうことです。これによりジュニア期以降の成長が少なくなる面は全ての国で起こっている事象だと私のコーチングのコーチが話していました。

親コーチであると、どうしても気持ちが入りすぎてしまうことは回避することが困難。それならば、10代になって競争心が芽生えたり、競技力が飛躍的に伸びる頃には、別のコーチにコーチングを依頼して競技を見守るだけの方が良い。という考えが私のコーチの考え方です。

 

3:学校スポーツとクラブスポーツ

オーストラリア・ニュージーランドの陸上競技はクラブスポーツです。陸上競技にとどまらず、すべてのスポーツを競技もしくはレクリエーションとして行う場合、地域のスポーツクラブに参加します。

そのため、学校の部活動のようにスポーツの評価が成績や進学に関わることはほとんどありません。もちろんスポーツ色の強いハイスクールやカレッジがあり、アメリカ大学へのスポーツでのスカラシップなどがあることは事実ですが、地域レベルの選手が学費免除で高校に進学する、強いチームのために集められるということはありません。

そもそも競技会は、学校の名前の付いたシンクレットで走ることは少なく、各クラブのシンクレットで走ることが多い傾向にあります。

 

(写真:ミニ記録会の様子。自由なシンクレットが認められます。クラブ登録している選手はクラブもしくはスクールのシンクレットを着用します。一番左の選手はWellington College のシンクレットを着ています。)

地方大会・全国大会になると地区代表のシンクレットで走ることが多くなります。

そのため選手は、好きなスポーツを好きな場所を選んで行うことができ、学校・先生・結果・チームなどに縛られてあまり好きではないスポーツをすることはほぼありません。また、練習を休んでも特に怒られることもなければ、家族との時間を優先することも重要だという考えで自由にトレーニングに参加・不参加を選択できます。ラグビー、ネットボール、ホッケーなどは所属チームのカテゴリーなどはありますが、やはり選手個人の意思は尊重されます。そのため選択できる別の環境や気分転換する環境は常にまわりにあるといってよいでしょう。

 

(右写真:Athletics Victoria のクラブDoncaster Athletics Club   左写真:Athletics Wellington のクラブWellington Scottish Athletics club)

 

興味深いことに、アメリカの大学へ進学した選手の中にも、コーチと合わないから一年目の途中で他大学へ編入したという選手もいます。“環境に慣れなければ失敗“がすべてではなく”合わない環境は変えた方がいい“という考え方はこうした柔軟なスポーツ環境で育てられていくのだと思います。

 

4:競技会と競技人口

”陸上競技がマイナースポーツであること、競技人口が非常に少ないことが悲しいことだ。”とあるプロ選手は私に話しました。ニュージーランドではオリンピアンや世界選手権・コモンウェルズゲーム入賞レベルの選手が集まるクラシックレース、ナショナル選手権であっても観客はそのほとんどが選手の家族や友人・コーチ・チームメイトにとどまり、スタジアムを埋めるような観衆が集まることはありません。ピーター・スネルやジョン・ウォーカーといった選手が活躍した1960年~1970年代には多くに人がスタジアムに駆け付けて彼らの走りを熱心に応援しましたが、現在ではそうした様子はありません。

競技人口や競技会も非常に少なく、地区記録会で800mや1500mの参加者が一桁で男女混合の一組でレースをするということも珍しくない光景です。

 (写真:Wellington Scottish が主催する水曜日・夜の記録会の様子。)

 

ウェリントン選手権の5000mや10000mでは、5000mは14分~17分までの選手が同じ組、10000mは28分~32分までの選手が同じ組で走るということが例年の流れです。

800m・1500m・3000mは人気種目であるため参加人数もやや多くなりますが、1500mの速い組は3分40秒~50秒あたりの選手が集まり、遅い組は3分55秒~4分05秒あたりを集める形をとってニュージーランドでは2組に、オーストラリアでは5~6組収まってしまうような参加人数です。

強い選手の集まる競技会(クラシックレースなど)はニュージーランド・オーストラリアのシーズンを通して1月~4月上旬までに開催されますが、1マイルや3000m、5000mは開催される競技会がシーズン1回限りという場合もあり、国内ベースで活動する選手にとっては年に1回のチャンスで好記録を狙いに行かなければならないということになります。

ジュニア選手のレースは12月のセカンダリースクール選手権や地方大会がありますが、全国大会に出場することはそれほど難しいことではなく、3000mでいえば高校生で9分を切って走っていれば速い選手という印象になります。高校生で8分10秒台の選手から9分前後の選手が同一組で選手権レースを走るというのは競技人口が少ない国ならではだと思います。

しかしジュニア期の競技会でたいして速くなかった選手、例えばハイスクール時代は1500mで4分切るのがやっと、という選手が大学進学をまじかにして突然3分55秒、大学では3分40秒・サブ4マイラーへ、といった成長はよくあります。競技会が少ない中で、タイムが速い選手だけに焦点を当てるのではなく、これから速くなる選手がたくさんいることをよく理解して一つ一つの大会を大切に見守ります。

 

(写真:昨年のニュージーランド・陸上競技選手権の様子。)


 競技システム・文化の違い-後編- 


 へ続く