この記事は、『フローを導く 緊張と脱力の調整方法』のパート2です。
パート1をまだ読んでいない場合は、こちらから読み始めることをお勧めします。
認知的イメージ トレーニング – 意識的な『フロー』を導く
認知的イメージトレーニング: フローへの実践的な道筋
最近日本では、ノア・ライルズ選手が実践する『メンタル・スクリプト』というイメージトレーニングが話題になっていたかと思います。実際には、英語の『Mental Script』よりも『Cognitive Script』・『Imagery Script』の方が一般的に使われているように思います。今回の記事ではそれらひとくくりに『認知的イメージトレーニング』とした呼び方で紹介したいと思います。
『フロー』や『ゾーン』といった体験は偶然に起こると考える人も多いですが、認知的 イメージトレーニングを繰り返し昇華していくことによって、意識的に私たちの感覚と心理を『フロー』に導くことに役立ちます。
認知的イメージトレーニングは、行動、感情、 体の経験から心の調整力を高める意識を認知するトレーニングです。
“意識“・”心の調整力“・”認知“と概念や定義が曖昧な言葉が多く使われましたが、簡単に言うとイメージトレーニングです。
『イメージトレーニングの幅と角度を適切に増やしたり調整したりして、実体験と同じような経験をイメージトレーニングでしよう。』
ということをトレーニングとして行います。まず最初の段階としては、上記に示した“幅”・“角度”というものを認知するところから始まります。
“幅”は私たちの経験・体験を記憶に残す五感に沿ったものと肉体的・精神的な刺激を指しています。ブログ記事のパート1で示したような内容が当てはまります。
“角度”は自己をどのように内省するか、どの視点から自分を認識するか、ということになります。(主観的視点・客観的視点に関して、この記事の後半で紹介します。)
今回の記事では認知的イメージトレーニングの方法と材料のサンプルを以下に示していきます。これらのサンプル、さらに自分なりの内省方法を組み合わせて 、自分だけの認知的イメージトレーニングの方法論を構築してみてください。というのも認知的イメージトレーニングは自分だけの材料を集めることによって組み立てられる心理トレーニングであるためです。
ステップ 1: ジャーナリング
ジャーナリングは、自己を振り返るための最も強力なツールの 1 つです。 あなたは自己の内なる声をおそらくトレーニング中に幾度となく聞いています。
さらには内なる体と心の声を聴くだけでなく、実際に自分自身に指示を出したりして体と対話をしていると思います。
多くの選手はトレーニングの後にはこの『内なる声』や『トレーニング中の内なる対話』をほとんど忘れてしまいます。その結果、ただ練習が良かった悪かった、レースで気持ちよく走れた、きつかった、という感想だけで終わってしまいます。
【ジャーナリング・日記に残す】
内省と自己認知を効果的に高めるためにトレーニング後に日記に残すことで、この感覚的な対話が文字となり客観的に追体験することができます。実際に日記に残すことによって、ただ頭の中で考える抽象的な情報を理論的に整理ことができ、次のトレーニング中やジャーナリング中の『内なる声』を多く引き出せるようになります。こうした『心の声を』認知的イメージトレーニングの材料として集めていきます。
このジャーナリングは通常のトレーニングログとは異なります。トレーニングログでは、『1000mを2:45で走った。』『風があってフォームが乱れた』などで終わってしまいます。
対して、日記に残す際には『なぜそのように感じたのか?』に焦点を当てています。 あなたがしたことだけでなく、どのような要因があって心と体がどのように反応したのか、ということを深く掘り下げていきます。
良い内省の例:
「今日のレース前はいつもよりも緊張していた。おそらく 42kmという距離と2時間以上レースペースで走り続けなければならない不安が恐怖となり、恐怖が期待を押しつぶしていた。期待と練習から持っていた自信も、スタート前の不安に覆いつくされそうになっていた。ただ、アップで走れば、接地からくる体の確かな感覚が少し不安を払しょくして、体のレースの準備が心の覚悟を導いてくれるようだった。 しかし、スタートすると自然と体が動き始め一歩一歩がゆっくりと恐怖を取り除いていった。スタート前に消えたと思った不安も、20kmあたりで肉体的なきつさから再び沸き起こりそうになるが走りのリズムもう一度整えることで体への意識が不安や恐怖を消していくことが分かった。35㎞を過ぎいよいよ疲れのピークを感じたが、その苦痛は 肉体的なものだけで恐怖は消えていた。リズムと残りのエネルギーを適切に配分することだけに集中すると、純粋な肉体的苦痛とそれに反して自動的に前に進んでいる動作の集中の中に自分がいることが分かった。」
不十分な内省の例:
「レース前は緊張していたけど、途中からリズムに乗れて、後半も我慢できて、今日はPBを出せた !」
一回一回の練習で長々と内省する必要はありませんが、一言でも二言でも心と体が調和した・対立した経験を主観的・客観的に文章にする練習をしてみましょう。
良い内省は、感情、思考、体感の変化を結びつけて文字によって具現化していきます。時間が経つにつれて、日記を書いてきた内容は自己と対話するための資料、そして認知的イメージトレーニングを現実的な経験へと近づけていくために役立ちます 。
さらに別の効果として、セルフカウンセリングの効果もあります。自己の内面を文字にして受け入れることによって“ネガティブな気持ち”・“ストレス”を解消してくれる作用があります。
ステップ2: 自己の観察方法 (1PP主観的視点 & 3PP 客観的視点)
自分自身を観察するには、次の 2 つの方法を使用します。
【主観的視点 (1PP)】 – 自分の目を通して見ていることイメージしてください。
「ハムストリングが張ってきている。自分の前にいる選手との距離が近いがリズムはいいのでこの位置をキープ。リズムだけ乱れないように前に合わせる。前に行き過ぎず、落ち着いて、リラックスと心の中で唱える。」
【客観的視点 (3PP) 】– 別の人の視点で自分を見ているところをイメージしてください。
「スムーズに走っているように見えましたが、前の選手とかなり近い。どちらの選手も疲れているようには見えない。リズムもいい。落ち着いて、リラックスしてその位置で乗っていけ、と外から自分にアドバイスする。」
どちらの視点も役に立ちます。
主観的視点: 身体の認識と感覚、直感、具現化された本能を理解するのに役立ちます。
客観的視点: 動作の見え方・捉え方、戦略、研究された視点を身につけるのに役立ちます。
内省は適切なバランスによってさまざまな情報を私たちにもたらします。二つの視点を持ちながら、また場合によって使い分けながら内省すると、感情と思考は体験の中で調和します。
ステップ 3: リハーサル
ステップ1~2を通して実際の内省が積み重なってきたので、それらを基に 大会やレース・ワークアウトの台本を作ってみて、台本をなぞるように心の中でリハーサルしてみます。ここからメンタルトレーニングが始まります。
例えば普段、緊張するような状況をイメージしてみましょう。
『レースのスタート前』・『ハードなトレーニングの日のウォーミングアップ』などを明確かつ具体的にイメージしてみてください。
イメージの中で、
心理状態:緊張感、高揚感、落ち着き、不安、恐怖、期待、自信 など
身体状態:吸う空気の熱、シューズを履き替える感覚、筋肉の張り など
環境要因:騒音、匂い、空気、景色、日差し、雨音、風、周りの選手、 など
を感じてください。
それでは認知的イメージトレーニングのサンプルを以下に紹介したいと思います。
シナリオ: 5×1000m、休憩200mジョグ(60秒)
目標: 以下でパフォーマンスを発揮するために精神的および肉体的に準備する 制御されたストレス。
シナリオ:
トラックに到着
- (呼吸) 今は少し不安を感じて息苦しさを感じますがそれはいつものことです。*主観
- いつもの緊張と不安がトラックを上から見た時に 大きくなります。*客観
- (匂い) 太陽の下で焦げたタータンの匂いがします。これは私を 夏のシーズンが近づいていることに気づきます。タータンの感触も熱くなって柔らかくなっているように感じます。*主観
- トラックを下に行ってみると意外と小さく感じます。*客観
ウォームアップの開始
- (体を確認) 肩が緩んでいて、腕が軽い。腕振りと脚の振出はきつくなくスムーズ、自然にリズムがあがる。*主観
- 他の人よりもリズムが速いが少し力んでいるようにも見える。*客観
- 一歩一歩が速くなり、 心臓が高鳴るのを感じ、汗をかいて不安が軽減される。*主観
- 弾むスポットを ドリルで見つける。つま先から頭まで力が突き抜けるように一歩一歩弾む。*主観
- 他の仲間もストライドをしている。リズムが客観的に見て同調してペースがスムースに上がっているように見える。*客観
- ストライドに行くと少し不安を感じる。 臀部の筋肉が少し硬くなったためで張りか刺激かまだ分からない*主観
- ドリルに戻って弾む 再び良い動きを確認している。*客観
メインセッション
- (視覚化) リラックスして、努力感が一定のリズムでコントロールされ、自動化された動きに感じる。無理をしなくても前の選手に合わせているだけで体は進んでいく。*主観
- 前のランナーの踵が脛をかする。一歩下がろうと思うが、リズムが乱れそうで遅い一歩を作ることに不安を感じる。ただ今のいいリズムにはまりたいと思って少し斜め後ろに体の位置を移動させる。*主観
- ラスト100mでゴールはは少し遠くに見える。*主観
- ハムストリングがペースを維持するために少し張ってくるのを感じて、心の中で『リラックス、リラックス…』と唱える。*主観
- ( 休憩のJOG)呼吸が落ち着いてきたら、深い呼吸を一つ挟んで、最後のセットに向けて、きつく感じた心をリセットする。*主観
- リズム、ペース、を一定に保つために筋肉の張りが強くなってくる。*主観
- 呼吸と筋肉にゆとりがなくなって力が入りそうになるが、一歩一歩リズムを集中して追っていく。 安定したリズムの足音と前の選手の少し力の入った動きを見ながら、自分の努力感を保つ。このセットでも『リラックス、リラックス』と頭の中で唱える。*主観
- 残り100mで肩を並べる。全力疾走ではありません。どの選手も動きに少しスピード感が出てくるがリズムは良い感じでスプリントではない。*客観
上記は一つのサンプルになります。
こうした認知的イメージトレーニングを繰り返すことによって、体験しなくても想定の中で経験することができます。この積み重ねが、過度の不安や恐怖を軽減し、本番に向けての期待と自信を確かなものにしていきます。 挑戦する際には私たちは心がドキドキする感覚を覚えます。このドキドキが体を準備するための最適な心理状態へとつながっていきますが、この一連の流れを体と心に教えていきます。緊張する場面の当日、心は何度もイメージした台本を基に自然にフローへの道へ入っていきます。
これと同じプロセスを次のように適応させることができます。
- レース前の集中力
- タフなワークアウトへの準備
- 公共 スピーチや試験など、心理面が行動に影響を及ぼす場面
ステップ 4: 改善と適応
認知的イメージトレーニングのイメージは、新しい体験・経験のたびにイメージする台本を洗練させたり、変更を加えたり、修正したりして独自の台本を作り出してください。イメージを具体的かつ鮮明にするために、アップの前に飲んだスポーツドリンクの味を思い出して取り入れてみたり、アップシューズからスパイクに履き替えてストライドをした強烈な感覚を思い出してみたりするのも効果的ですこうした細かな感覚と記憶がより実体験に近いイメージトレーニングを可能にします。
- 順序・段取り・感覚はうまく自分の経験と調和しているか?
- 自然に体が流れていくか、強制的に動かしているように感じられるか?
- 何か新しい感覚を発見したか?
スポーツ心理学者は、これらの台本を再設計したり、新しい台本を見つけたりすることをサポートします。 自分で気づくのが難しい視点や客観的な見え方などを相談しながら掘り下げていくことができます。
トップアスリートのみならず、レクリエーションアスリートにとっても、このトレーニングは効果的です。
市民ランナーや小中学生にとっては『年一回の大きなレース』というのは珍しくありません。(例えば、海外マラソン、マラソン大会、地域の大会、運動会など) 目標レースや年恒例のイベントは一回だけの特別感から緊張感が大きく高まることが容易に想像できます。こうした一回きりの大会で心と体を最適な状態に整えるために 、日々の練習でジャーナリングをし、内省を磨き、心の中でリハーサルをして、心のトレーニングも積み重ねていきましょう。この積み重ねが、当日の緊張を期待のドキドキに導きパフォーマンスを適切に発揮できる状態を作ります。
まとめ
「スポーツ動作と行動の真の会得は、順序を守ること・習慣によって無意識下に行動をとっていくことを超えて、最終的に自分に向けた意識を取り戻す中で行動に気づくことです。」
すべてのアスリートには、精神を磨く機会が毎日あります。 一般的なメンタルコンディショニングや自動化されたルーティーンは体の機能を毎回同じように起動させることに便利ですが、意識はそれをさらなる成長へと導きます。マインドフルネスとメタ認知で自分自身を観察することで、 自信の平均的なパフォーマンスとピークパフォーマンスの両方を向上させることが可能です。
重要なポイントは...
フローは幻想でも思い込みでもありません。それは明確な構造と自己認知、そして実際の経験が適切に調和することで心と体が一点に導かれるスピリチュアルな体験です。多くの経験と内省を認知イメージトレーニングで昇華させることによって、個人的な独特のリズムを作り出しフローへの道を確かなものにしていきます。『フロー』は運ではありません。それは意識下と無意識下の芸術的なパフォーマンスによって再現されます。
キャリアを通して『最高の集中状態』を試合で何度も経験できることは、競技者としてこの上ない喜びです。今回紹介した認知的イメージトレーニングが、自分だけの『ゾーン』を体験できるひとつのきっかけになりましたらうれしく思います。

