閾値の2部練習の考察 ”強度” ”疲労” ”要素X” | 酒井根走遊会のページ

みなさんこんにちは。

 

酒井根走遊会です。

今回は前々回のブログで紹介した“閾値の2部練”を4週間ほど取り入れてみた感想と、今後の取り組み方について考察していきたいと思います。最後までお付き合いいただけると嬉しく思います。

 

重要なポイント

-        強度 *2.3~3.0mmol の範囲

-        疲労 *練習の達成度と積み上げ

-        要素X *X elements

結論から言うと、“閾値の2部練”で特に重要になってくることは上記の3点だと感じました。

それでは以下で、一つ一つを解説していきたいと思います。

 

 

 

強度 *2.3~3.0mmol の範囲

 

私たちはトレーニングを行うときに、挑戦的な目標やタイム設定を設けてそれをこなしていくことで能力が向上していくと信じています。その裏付けとなっているものは、自身の競技経験・コーチや先生からの指導・より大きな達成感と満足感、これらによって常にトレーニングで自分自身の位置を測ろうとする傾向が多くのランナーに見られます。

しかし“閾値の2部練”では、そういった挑戦する気持ちを抑えてトレーニングに臨む必要があります。

簡単に言うと、マリウスの提言する“スイート・スポット=2.3~3.0mmol”という運動強度は決して高くなく、ある程度気持ちよくペースを上げると、簡単に入ることできる運動強度です。

さらには、このペース(例えば現在の5000mのレースペースよりも20秒遅いペース)で2㎞のインターバルをすると、2㎞が余裕であり“もっと長く走れる”、ペースが遅く感じ“もっと速く走れる”、という気持ちが湧いてきます。2㎞という設定がある以上距離を延ばす可能性は低めですが、自己満足感からペースを上げすぎる傾向に陥りやすいです。

このペースアップにより、3.0mmolを越えた状態で疾走する時間が長くなると、狙ったLTの開発が効率的に行えなくなります。

この“効率的“というのは、”閾値の2部練“からくる筋疲労を極力抑え、必要なLTゾーンを十分に刺激するという意味です。

また1kのインターバルにおいても、10000mや5000mのペースでの練習に慣れているランナーにとって、3.5mmol付近のトレーニングゾーンはやや疾走感に物足りなさを感じてしまいます。

基本的に2.3mmol~3.0mmolや3.5mmolといった乳酸値は血中乳酸濃度測定器がなければ測れません。

そのため、私たちは5㎞レースペース+20秒・最大心拍数の80~85%などといった数値、もしくは“努力感“などを考えながらトレーニングをしなければなりません。

血中乳酸濃度測定器(Lactate mater)を導入することが最も信頼できるデータとなりますが、それがない以上は効率的なトレーニングを行おうとして、実際には狙ったトレーニングゾーンでの疾走時間が短くなってしまい、非効率的なトレーニングを行っている状態・全く狙いと違うトレーニングを行っている状態に陥ってしまうことが解決すべき課題と言えます。

 

(1000m2'49" R1' + 5x2k 意外と楽にこなしていけるので、練習を積んでいけると思ったが目の前には落とし穴が…)

 

 

疲労 *練習の達成度と積み上げ


私たちランナーは常に、“挑戦したい”という気持ちが入り込んでしまうことを、前述しました。特に新しい目標を立てた時・新しいトレーニングを行う時には自然と半歩先へ脚を伸ばそうとしてしまいます。しかしそこには時に大きな落とし穴が待っています。

 

“できる“と“身につく“は違う

私たちはトレーニング行い、トレーニングができた時に強くなった(レベルアップした)と考えがちです。しかし、本当に大切なことは、“トレーニングができた”ことと、“トレーニングで身についた”ことは全く別であることを理解しなければなりません。

トレーニングのストレス+トレーニング後の回復があって、初めて一つのステップとなります。

この“閾値の2部練”では、疾走ペースが普段行っているワークアウトにしては遅いペースを短いインターバルで繰り返します。そのため、少し疲れている中でも繰り返して、

その日の設定した本数・その日に設定した朝夕のワークアウト・その月に設定したワークアウトの回数、これらをこなすことが可能です。

しかし、その日、その週、その月にすべてワークアウトをこなせたことが必ずしも自分の力になっているとは限りません。回復が遅れた状態で設定した日と時間に合わせて繰り返すことで、筋疲労・肉体疲労が蓄積してしまい結果的には次のトレーニングブロックに進むとスピードが出なかったり、思ったよりもLTレベルが上がっていなかったりということが起こります。

トレーニング量の増加と体の変化に対して、頭の片隅には“疲労をコントロールしてこそ一流”、ということを置いておきましょう。

 

 

疲労の克服

トレーニングの疲労を克服する方法は大きく分けて以下の2パターンです。

 

‐ 慢性疲労を乗り越えるまでトレーニングを継続し、トレーニングの継続と体の成長によって克服する

‐ 体の疲労度を可視化できるデータを取って、疲労傾向にあれば練習を軽減する・休養を優先する・フレッシュな状態になるでまで待って次のトレーニングに臨む

 

若い学生ランナーであれば、トレーニングの継続で疲労を克服することができるかもしれませんが、実際に自分の体と向き合い、調子の波をコントロールすべきアスリートであれば後者の選択が良い判断と言えます。さてそれではどのように疲労を克服するのでしょうか。

 

自己分析

疲労の蓄積に関しては、“自分の取り扱い説明書を作る”ことを推奨します。

 

日頃自分自身のデータを記録することで、自分自身の中から客観的な評価基準を得ることができます。

疲労評価基準の例

‐ 自分の競技力の変化を観察する(走力が向上しているか・変化なし・低下しているか)

・    5000mや3000m・1500m・800mなどのTTを行って競技力の変化をみる

・    50m、100m、200mなどの疾走感の喪失

・    クロストレーニング時の極度な疲労感 

・    ウェイトトレーニングのパフォーマンス低下など

 

‐ ストレス状態を観察する(睡眠時間・練習への意欲・食欲・勉強仕事への意欲・集中力)

・    起床時間・就寝時間の変化と日中の眠気 ※朝起きた時の爽快感の欠如

・    EASYJOGペースが遅くなる ※常に体が重く感じる

・    仕事勉強の効率・集中力の欠如 ※判断力の低下

・    食欲の増減 ※過度の食欲の増加は慢性疲労によるものが大きい

 

‐ 体のデータを集める(体重・筋肉痛・体温・心拍数)

・    体重の変化 ※極端な増減

・    慢性的な筋肉痛 ※特に臀部・ハムストリングス

・    基礎体温の上昇 ※慢性的な筋肉・体内の炎症

・    安静時心拍数の上昇

・    脚のむくみ*シューズを履いた時のきつさ

 

‐ 長期的に見て“吸収力の向上”で同じ練習に対応できるようになるか

・    プラトーか疲労による成長抑制か ※非常に判断が難しいが、基本的にトレーニング毎の向上がない場合は慢性疲労と判断した方が良い

上記のような状態に陥っていれば、トレーニング量と回復のつり合いが取れていないと考えられます。

疲労は大きな一時的な疲労から、小さいものの積み重ねで少しづつ蓄積されてい行くものまで様々です。自分の指標をいくつか持ち、大きな疲労の自覚がなくとも、複数の項目で当てはまるような傾向が見えてきたら是非トレーニング量・バランスを修正していくことをお勧めします。

 (基礎体温は体調を管理する一般的な方法の一つですが、ランナーの体調・パフォーマンス管理にも非常に有効)

 

要素X *X elements

マリウスはLT強化期間に、週1回のX elements(以下、要素X)の導入を推奨しています。

著書では乳酸値を約5~8mmolの坂ダッシュなどを実施していることを参考として挙げています。

“閾値の2部練”では主にLT能力の開発を重点的に狙っていますが、ここで何を行うかということが次のトレーニングブロックやレース期に発揮できる能力に大きく関係していると考えられます。

この要素Xはおそらく、その選手がレース期に重要となる能力・もしくはそれに準ずる能力ではないかと考えられます。そういった能力のベースを作ること、失わないように維持することが次のトレーニングブロックに移行したときに各能力をスムースに繋げる役割になるでしょう。

しかしここでも重要なことは、

疲労・“閾値2部練”・要素Xのバランスだと思います。必要なことすべてを、常に最大量で行っていては、疲労の蓄積によりトレーニンングストレスを吸収できなくなります。

最初は最小必要量から各トレーニングを始めて、必要に応じて、“閾値を重視”、“要素Xを重視”、“回復を重視”するような週もしくは期間を設定していくことが必要です。

それは経験があれば事前にある程度見越して設定することも可能ですが、実際にはトレーニングの進行度と状況を判断しながら取り組んでいくことが一番良いと思います。

人間の体が常に同じではないことを考え、分析を怠らないことが重要です。

また、“要素X”のトレーニングを設定するにあたり、

“どの能力”を“どのような方法”で刺激していくのかも重要になります。

“レース期に重要となる能力“と記しましたが、これもまた個人によってあいまいで、例えばスプリント力が必要であればスプリント能力開発に充て、無酸素能力が必要であれば上記のような坂ダッシュが適しているかもしれません。またはマラソンなどを狙っている場合には、マラソンペースのリズム(最適化するフォーム習得)に時間を当てるのもよいかもしれません。

マリウスによると、ハーフマラソンやマラソンなどの閾値能力開発では最終的にはインターバルではなくロングテンポなどが必要となってくると述べています。

つまり、LTを強化していく中で“閾値の2部練”を軽減して、要素Xの日にロングテンポやロングランを行うことも考える必要があるでしょう。

こうした各種目へのトレーニングアプローチは、種目特性だけでなく、個人の能力特性も十分に鑑みて行われる必要があります。

(私は要素Xでは1000mや200m・坂ダッシュなどを行います。1000mは2010年からかなりの頻度で行っているので、リズムやフォーム・タイムで疲労度がわかるいい指標です)

 

まとめ

実際、この4週間で私の体はかなり疲労しパフォーマンスが極端に低下した状態に陥ってしまいました。幸運なことに、まだまだ狙ったレースまでは期間があるので、修正していく時間はたくさんあります。

多くの研究者・トップアスリート・熟練コーチがこれまでの経験やデータをもとに最も多くの選手に当てはまり、結果を出してきたトレーニング方法を論文・トレーニングログ・著書にまとめて世に送り出しています。

しかしそれは一つの参考で、まず基本として自分の競技環境・生活とは違うということを理解することが必要です。

私たちランナーのそのほとんどは、職業ランナーではありません。ワークアウト・日頃のトレーニングは私たちの勉強・生活課題・仕事の合間に行われます。そうした中で、論文通りの方法を100%実践するというのは不可能と言えます。

すべての方法論・理論に対して、自己分析をし、自分なりの“最適化“を行い実践していくことこそ自分にとっての理にかなった、最も効率的な練習になるといえるでしょう。

 

 

(疲労が溜まってしまったので、10日ほどワークアウトから離れて山々を気楽に走ってこようと思います)