みなさんこんにちは。
酒井根走遊会です。
今回は『ビルドアップ』というトレーニングについて書いていきたいと思います。
前編では、
・ビルドアップというトレーニング
・ビルドアップの目的と効果
・ビルドアップという練習を分解する
・ビルドアップの弱点
後編では、
・ビルドアップが活きる選手
・中学生の練習
・まとめ
という内容になっています。前編ではビルドアップに関してやや否定的にとらえられるかもしれません。しかし後編はビルドアップの活かし方を書いていますので、是非後編記事も合わせて読んでいただけると嬉しく思います。
ビルドアップというトレーニング
ビルドアップというトレーニングは、陸上中長距離走に取り組んだことがある人ならばその多くは経験があるトレーニングだと思います。
特に中学校や高校の部活動では“最も効果的なトレーニング”の一つとして浸透しています。
トレーニングはいたってシンプルで、最初は速いジョグくらいのペースから入り1㎞毎もしくは2㎞毎にペースを上げていき6キロ~12キロほどを走るというトレーニングです。
『朝練習は毎日6キロのビルドアップ走だった』
という人も多いのではないでしょうか。
ビルドアップの目的と効果
さてビルドアップの“目的と効果“ですが、実際これをはっきりさせることは非常に難しいように思います。
中学校や高校の部活動の先生に
“ビルドアップの練習の目的は何ですか?”
と質問して正確に答えられる先生はどれくらいいるでしょうか。
おそらくそのほとんどが、
“後半ペースを上げて心肺に負荷をかける”・“距離を延ばして限界まで追い込む”
といったような回答だと思います。
しかし、VO2maxや乳酸性作業閾値、筋持久力やミトコンドリア…
といった様々な機能に合わせた科学的なトレーニングの知識や解説が浸透している時代において『少しずつペースを上げて“心肺に負荷をかける”・“限界まで追い込む”』
といった説明は非常に曖昧であり、練習後に何を狙ったのか疑問に思うこともあるかもしれません。
(練習前にトレーニングの狙いを明確にすること・確認することは重要)
ビルドアップという練習を分解する
ビルドアップという練習は
“中長距離で必要な能力の“エネルギー産生機能”を下から順に体に与えていく練習“
と考えられるかもしれません。
例えば以下のようなビルドアップの練習があったとします。
例 15分00秒~15分20秒 あたりの選手が行う10キロのビルドアップ
1-2 4分00秒 筋持久力
3-4 3分45秒 筋持久力
5-6 3分30秒 筋持久‐LT
7-8 3分15秒 LT‐OBLA
9-10 3分5秒 OBLA‐Vo2
エネルギー産生機能は、乳酸測定などによって切り替わるポイントが明確になってきてはいますが、グラデーションのようになっており、必ずこのペースに入ったら(常に3分30秒が3分29秒9に変わったとたんに…など)、突然切り替わるものではありません。
またその日の体調によっても、体の中で起こっている状態・ランニングフォームなどは変化します。
ビルドアップはある程度タイムの幅を持たせてペースを上げていくことによって、
中長距離で必要となる、持久的なエネルギー産生機能を下から順々に体に与えて、一回の練習で効率よく各能力を刺激する練習というように考えられます。
そのため、“工夫はなくても、中学生はビルドアップだけやっていれば必ず速くなるよ。”と私の尊敬する中学校の先生は話していました。まさしくその通りだと思います。
また高校でも、専門的な知識はなくても、駅伝などのチームで多くの選手を一定の成績まで引き上げる場合、ビルドアップを朝練習や午後練習の基本に置いて効果を得ているチームは多くあります。
(とにかくついていけば効果を得られる、と考えれば非常に楽だが…)
ビルドアップという練習の弱点
さて中学校・高校の部活動で、優れた効果を発揮する“ビルドアップ”ですが、弱点もあります。
中学校・高校という練習環境において有効であり、多くのチームで取り入れているトレーニングですが、大学・実業団・プロ選手…と年齢が上がるにつれてビルドアップという練習の頻度や実施状況が極端に低くなります。もしくは全く行わなくなります。
理由1:チームよりも個人の練習になっていく場合
中学校や高校では”チーム”の練習として、走力に差があっても『みんなで声を掛け合って走り切ろう』という環境です。そのためビルドアップのように最初は全員が歩調を合わせて走れる練習で、ペースが上がった時に苦しくなる選手を速い選手が支え全員できつい練習を乗り越えるといった精神的な部分が練習の基礎になっている場面が多くみられます。
しかし、ジュニア期から成年期へ移行すると、精神的な部分を補い合って全員で練習するよりも、如何に効率よく自分のトレーニングペースで走るかが重要になります。そう言った場合、走力やランニングタイプが近い選手と練習し、限定された専門的な内容を重視するトレーニング計画へと変化していくためだと考えられます。
(走力の近い選手が集まって練習するようになる)
理由2:より効率的に必要な負荷を長時間をかける
ビルドアップでは10キロや12キロ走れば、走った時間は30分~40分とある程度の負荷を体にかけているように思えます。
しかし、その内容を見ると、有酸素性持久が20分・LTが10分・OBLAが5分・VO2が3分…といったように、一つの能力に刺激を与えた時間は非常に短いものになります。
エリートランナーになれば、体に様々な刺激を与えてキャリアを延ばしてきているため、1回の練習でVo2を3分ほど刺激したとしても効果としてはほとんどないのと変わらない、といった状態になってきます。そのため、閾値は閾値として、Vo2はVo2として、、、といったように一つの能力に集中してその日の練習内容を考える必要が出てきます。
理由3:期分けが難しい
期分けがあまりなされていない日本の陸上競技スケジュールでは、常にレースに臨めるような状態を目指して練習している選手も少なくありません。しかしある程度ピークを作る選手(特にエリート選手)にとっては、ビルドアップのような一回で様々な能力に刺激を与えてしまうような練習は、トレーニングを基礎から構築していくうえで、体の状態をコントロールすることが難しくなります。
ビルドアップで追い込んでいくようなスタイルの練習を私はオーストラリア・ニュージーランドで見たことがありません。海外の中長距離でこうした距離走に変化を持たせる方法は“On・Off”(5分速く5分遅くを40分間繰り返すなど)やファルトレクなどがありますが、上げ続けるというのはVo2max(LT)のテストくらいです。それは、ビルドアップのような練習では、『今日の練習の目的は?』という部分がはっきりしないためだと思います。
私の現在いる環境ではジュニア期から『今は~の時期だから、こういう練習をしている』と答えられる選手がほとんどです。そのためただやみくもに『今日はビルドアップで追い込む』といって練習を始める選手はいないでしょう。
(トレイルでペースを気にせず気持ちよく走ることは自然と心拍数やリズムの上げ下げを生む)
※ビルドアップが全くないわけではなく“アップテンポ”という練習はあります。ある程度速いジョグから入り、マラソンペース~ハーフマラソンペースへと引き上げていきます。しかし10㎞のレースペースまで上がることはほとんどなく、ハーフマラソンのペースまで上がったらそこから長くても10分ほど維持して終了になります。