無酸素ベース・有酸素ベース ~得意分野と根幹の能力~ | 酒井根走遊会のページ

みなさんこんにちは。

酒井根走遊会です。

 

今回は、無酸素ベース・有酸素ベース ~得意分野と根幹の能力~

というテーマでお送りします。

 

最近の陸上長距離の記録向上には目を見張るものがあり、“スピードが重要”という見解を持つ人が多くいます。

マラソンでいえば5000m・10000mのスピード

5000m・10000mでいえば1500m・3000mのスピード…

といった具合に専門種目よりも短い距離の能力を引き上げようとする傾向にあります。

そのため、“スピード”という能力に対してコンプレックスを抱えている長距離ランナーも少なくないのではないかと思います。

しかし結論から言うと、そこまで“自分の得意な能力”を過小評価する必要はなく、”自分の苦手な能力”を凝視する必要もありません。

※漫画『奈緒子』の大山権太先生もそんなことを宮崎くんに行っていたような気がします。

 

最も大切なことは、“自分の能力のベースを分析して、そのベースの能力を最大限伸ばせるオプションを付けていく“ことです。

特に800m~5000m当たりの種目では、自分自身の能力を向上させてきたベースが、

『無酸素ベースであるのか、有酸素ベースであるのか』

ということを分析し、自分に適したトレーニング計画を組み立てていく根底を築いておくことはシンプルに計画を実行し成果を得るための柱となります。

 

① 800m・1500mでのトップレベルの選手の傾向

以下の表1・表2はオリンピック1960~2020大会の800m・1500mメダリストの自己ベストを表にしたものです。

 

赤…スプリントベース  (400-800型)

黄…スピード持久力ベース(800専門)

緑…無酸素ベース    (800-1500型)

青…有酸素ベース    (1500-5000型)

無…無分類

表1:オリンピック800mメダリスト

 

近年の800mは800m・1500m型や800専門よりも、400m・800m型の方が有利と言われるようになりました。それは表からも読み取ることができ、直近の3大会では400mのスプリント能力も優れた選手が9枠中5枠(※David Rudish選手2回)を占めています。

しかし400mも強い選手が活躍するようになったのは近年に限ったことではありません。1960年台以前から、そうしたスプリント型の選手が活躍していたことは過去の記録からも明らかです。

またメダル獲得ラインといってもよい1:43を切る選手でも、800-1500mどちらも走れる無酸素ベース型の選手が1960年台から現在に至るまで中心となっていることから、800mにおいて“高いレベルのスプリント能力が必要不可欠ではない”ということがわかります。

 

表2:オリンピック1500mメダリスト

 

1500mでも、400m・800mさらにはスプリント力が1500mのベースとなる考え方をもっている選手・コーチは大勢います。

しかし実際に1500mで活躍する選手は800m・1500m型の無酸素ベースよりもむしろ1500m-5000mの有酸素ベースの選手が多いということが非常に興味深いところです。

 

② 無酸素ベースの能力 有酸素ベースの能力

無酸素ベース

・ ATP‐Pcr系

・ 解糖系

有酸素ベース

・ VO2max

・ CV(OBLA)

・ LT

・ 筋持久力

※ランニングエコノミー、バイオメカニクス(筋・骨格・姿勢など)がスプリント向きであったり、長距離向きであったり、跳躍向きであったり、投擲向きであったり、ということは今回は除きます。あくまで中長距離のトレーニングベースの内容に限定します。

 

無酸素ベースであり、800mを専門とする選手では、“解糖系“の能力と発生する乳酸を効率よく利用する能力を高めるに優れているといえます。

有酸素ベースであり、1500-5000m型の選手では、“VO2max”の能力を最大限高めて、解糖系のゾーンに入らないようにスピードを持続させることに優れているといえます。

また、有酸素ベースの能力というのは“VO2max”だけでなく、乳酸性作業閾値などを高めて、より速いスピードで10000mやハーフマラソンを走れるようになる。

無酸素ベースでも、乳酸性作業閾値のトレーニングを無酸素性トレーニングの後に行うことによって、効率よく“解糖系”のシステムを利用できるようになる。

もしくは800mの選手でも、乳酸性作業閾値のトレーニングで十分に有酸素能力に刺激を与えたのちに、無酸素性トレーニングを行うことによって、前半のスピード練習を有酸素トレーニングで行えるぎりぎりのスピードや距離を延ばしたりもします。

 

※上記のように、800m型の選手が”耐乳酸トレーニング”(主に”解糖系”でのゾーンを繰り返す練習)を常に行っていることで、得意な種目が強化されるとは限らず、違ったゾーンと複合しながら行うことで効果が上がることがある。

得意な種目で発揮する能力と、練習で得意な能力が必ずしも同じでないことに選手・コーチは注意し分析する必要がある。

 

このように中長距離の様々な練習を行う中で、一つの能力のみに焦点を当てる練習や複合的な能力を発揮する練習など、

“今日の練習のポイント”・“今月や今週の強化しているポイント”を各練習ごとに分類して、段階を追った練習を重ねていくことが重要です。

 

③ 分析と適応

・ 選手自身の特に向上しやすい能力

・ 選手自身の向上に時間がかかる能力

→ どの能力が短期間で仕上げられるのか

→ どの能力が長期間をかけて開発する必要があるのか

 

ということを自分の計画内で分けていきます。

 

ここまで分析できるようになれば、練習計画の中での状況に応じた変更というのも効果的にできるようになると思います。

しかし、知識や経験が増えるほど、選択肢というものも増え、決断を迷う場面も多く訪れます。

そうした場合には信頼できるコーチやアドバイザーとディスカッションすることによって、ベストと思われるトレーニングを選択し、心身共に納得できる練習を行えるようになると思います。

 

④ ”苦手意識と自信”という枠を超える

大切なことは、『周りや流行に惑わされずに、自分の得意分野を伸ばすこと、その中で必要と考えられるオプションを加えていくこと。』

これができれば自分のパフォーマンスは必ず向上できることと思います。

陸上競技は試合や記録で他の競技者と肩を並べて競い合うことが必須の競技である特性上、どうしても“一番をとっている選手”の成功例を模倣したくなることは必然です。

しかし、今現在の勝負を最大限助けるものは、自分の持っている能力を最大限引き上げることで、勝ち負けというのはそのあとからついてくるものです。

また、自分の経験の積み重ねは自信を持つということに繋がるだけでなく、苦手なことに取り組む意欲にも変わっていきます。

自分の能力を内面的に自己分析して、尖っている部分、良さそうだと思えること、苦手でも興味関心があり楽しんで取り組めること。。。

こうした自分の一面(多方面)に挑戦し、継続して取り組み、上達を感じて自信を得ていくことが、陸上競技のみならず今の自分を前進させていくカギだと思います。

 

中長距離の選手が『ショートスプリントが得意』・『ロングランが得意』と“1500mという範囲”を外からみてを考察することは選手であればだれでも経験があるでしょう。

しかし自分を中長距離選手としてでなく、一人の人として見てみると、『スプリントが得意』も『ロングランが得意』も”走ることが得意”という大きな分類に分けられると思います。

一つのことを追求していくと、細分化された一つの事象を発見しそのことだけに視野が狭まってしまいがちですが、その細かい一部分だけで自分の可能性が大きく開くことはあまりありません。

”走ることが得意”という枠とは別のところで、また一人の人として自分を見ると、“コミュニケーションを取ることが得意”、“文章を書くことが好き”…といった枠も見えてきます。そうした分析が多方面の枠に影響を及ぼして、相互に幅・方向性が広がりを見せるだけでなく、自分自身という範囲の枠を拡大させていくことにも繋がります。

 

今回の記事を書くきっかけになった出来事は、先日の練習後のダウン中に「Hiroはかなり有酸素ベースに偏っているけど、どの種目もどの練習も、さらには違う競技までやっているのが面白いよね。」と言われました。

確かに最近では、『マラソン練習だ!』といってたくさん走ることもなく、陸上競技の基本を積み重ねているだけのような気がしていましたが、分析すると思いのほか様々なことに取り組み・チャレンジしていました。

その言葉で振り返ると、

”自分の尖った能力には自信を持ち、苦手だと思われる能力は全力で楽しむ。”

ということが競技面だけでなく、いつもの生活の中にも表れているように思い返されました。

なんでも初めは初心者で、何度も取り組めばその分初めよりも上達していく。成長を感じられる。苦手なことも、楽しんで練習すれば昨日の自分より上達する。

2022年も2021年以上に前進していきたいと思います。